8月1日、東芝が東京証券取引所一部から二部に降格した。
それは「終わりの始まり」に過ぎない。

東芝は現時点で5000億円超の債務超過状態にあり、半導体メモリ事業の売却が2018年3月までに終わらなければ、二期連続の超過で上場廃止になる。上場廃止になれば、現在、東芝に約1兆2000億円を融資している銀行は、東芝の債務区分を「破綻懸念先」とせざるを得ず、借り換えにも応じられない。信用が崩壊し法的整理に追い込まれる可能性は少なくない。

破綻への坂道を転がり落ちる東芝の背中を押した人物がいる。
今井尚哉。

これまで一枚岩だった安倍晋三首相と菅義偉官房長官との関係が揺れ始めた今、安倍が最も信頼を寄せる男と言われる。

経済産業省出身で第一次安倍政権、第二次安倍政権とも首相秘書官。第二次安倍政権発足と同時に「アベノミクスの司令塔」を務めてきたが、今やその影響力は経済政策にとどまらず、外交から解散のタイミングに至るまで、安倍があらゆることを相談する存在だ。元経団連会長の今井敬と元経産事務次官の今井善衛を叔父に持つサラブレッドでもある。

今井は、経産省でも指折りの原発推進派。第一次安倍政権、民主党政権、第二次安倍政権と政権が変わり、民主党政権時には東日本大震災と東京電力福島第一原発事故があったが、一貫して「原発推進」の政策を遂行してきた。当然、日本最大の原子炉メーカーである東芝との付き合いは長くて濃い。

2006年に東芝が、のちに経営危機の元凶となる米原子炉大手ウエスチングハウス(WH)を買収したとき、経産省の原発推進派は強くこれを推奨した。その中心にいたのも今井とされる。
中略

民間企業には背負いきれないリスク
そこで今井は、東芝、日立製作所、三菱重工業の原子炉メーカー3社と電力会社、総合商社を組ませ、国際協力銀行や政策投資銀行の融資もつけて、原子炉の建設からウラン供給、原発の運転までをパッケージで輸出する方法を考え出した。電力会社で駆り出されたのは東電、総合商社で声がかかったのは丸紅だった。

パッケージ型インフラ輸出は一見、理にかなっておりスケールも大きい。サラブレッドの今井らしい、見栄えのいい政策だ。

しかし実際のビジネスは、それほど単純ではない。原発の建設コストは安く見積もっても1基3000億円。建設には数千人が関わる。海外で良質な労働力を確保するのは至難の技であり、少し工期が遅れるだけで莫大な損失が出る。3000億円を何十年もかけて回収するわけだが、その間に事故やクーデターが起きて資金が回収できなくなるリスクもある。リスクに敏感な商社の丸紅は、早々とこの構想から降りた。

丸紅のリスク感覚は正しかった。ただし原発ビジネスのリスクが顕在化したのは新興国ではなく、足元の日本だった。2011年3月の東日本大震災で東電は天文学的な賠償責任を負った。一度事故が起きれば、民間企業には背負い切れないリスクがあることが明らかになった。

実質、国有化された東電は半ば自動的に「パッケージ型インフラ輸出構想」から外れた。残ったのは東芝を筆頭にした原子炉メーカーのみだが、それでも今井はパッケージ型インフラ輸出に固執した。自らの過ちを認められないエリート官僚の典型である。今井に引きずられる形で、東芝は「原発地獄」に引きずり込まれていった。

半導体売却にも使われる4000億円もの血税
自民党が政権に復帰し第二次安倍内閣が発足しても、「パッケージ型インフラ輸出」はアベノミクスにおける「成長戦略の目玉」として生き残った。

福島の事故を受け、国内での原発建設は絶望的になった。海外でも原発の安全基準は大幅に引き上げられ、原発ビジネスは儲からない事業になったが、原発輸出が「国策」である以上、東芝の原子力部門に縮小や撤退の選択肢はない。あるのは突撃のみ。儲からない原発の穴を隠すため、東芝は全社を挙げて粉飾決算に励んだ。

経産省は今、東芝の半導体メモリ事業売却にも首を突っ込み、別働隊である産業革新機構を動かして同事業に4000億円もの血税を投入しようとしている。原発推進の国策で東芝を経営危機に追い込んでしまった埋め合わせだとしたら、納税者は救われない。創業140年、従業員数19万人の巨大企業を破綻の淵に追い込んだ張本人は、何食わぬ顔で今も官邸の中枢で日本経済の舵を握っている。 (本文敬称略)
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