【ブリュッセル=森本学、ロンドン=黄田和宏】英国の欧州連合(EU)離脱交渉で、英ロンドンが拠点となっているユーロ建て金融取引の清算業務を巡る“綱引き”が熱を帯びてきた。EU側はユーロ圏への業務移転を視野に入れた法制を整える構え。英側ではロンドン市場の地盤沈下が加速するおそれもあるだけに反発が強まりそうだ。

 EUの執行機関である欧州委員会は、英国の清算機関に対し、ユーロ圏内へ拠点を移すか、EUの金融規制当局の直接の監督下に入るかを義務づける法制化を6月に提案する方針だ。2日付の英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙が報じた。英離脱を巡っては、ロンドンに拠点を置き、欧州全体の銀行監督を担う欧州銀行監督機構(EBA)の大陸移転もEUが検討している。

 国際決済銀行(BIS)によれば、ユーロ建ての金利デリバティブ(金融派生商品)取引は1日平均で7650億ドル(約85.8兆円)。このうち4分の3に当たる5700億ドルを英国での取引が占める。フランスやドイツなどユーロ圏各国を差し置いて圧倒的なシェアを誇っている。

 EU側ではユーロを導入していない英国がユーロ建て取引の中心を担う現状への不満がくすぶる。英離脱を機に、ユーロ圏に取引拠点を奪回しようとの思惑がにじむ。清算機関が機能不全に陥れば、ユーロ圏の決済システムに大きな影響を及ぼすため、ユーロ圏の関与を強めるべきだとの声も欧州中央銀行(ECB)などを中心に根強い。

 英国の昨年6月の国民投票でのEU離脱決定後、オランド仏大統領らはEUを離脱する英国が清算業務の中心を担うのは不適切だとして、大陸への移転を主張。4月には欧州委で金融規制を担当するドムブロフスキス副委員長も「早急に解決すべき課題だ」と対応を急ぐ姿勢をみせていた。

 一方、英国側は大陸移転に強く反発する。英ロンドン証券取引所(LSE)グループのグザビエ・ロレ最高経営責任者(CEO)は英議会での証言などで、海外への移転は英国での人員削減につながるだけでなく、金融システムの安定にも影響を及ぼすと懸念を表明してきた。

 LSEグループ傘下の清算機関、LCHクリアネットは金利デリバティブの清算に圧倒的な強みを持つ。ユーロ圏への移転を求められれば、ロンドン市場の地盤沈下が加速するおそれがある。

 投資家にとってロンドン市場の利点は、ポンドやドル、円など多様な通貨を扱う中でユーロを売買できることだ。英国の金利デリバティブ取引のうちユーロ建ては全体の約5割。ユーロ建て取引の清算のみをユーロ圏に移せば、投資家の利便性は大きく損なわれる。

 ユーロ建て取引の清算業務の拠点が英国にあることの是非を巡っては、過去にも英国とECBが法廷闘争を繰り広げた経緯がある。ECBは2011年、ユーロ圏内に拠点を置くべきだとする指針を表明。一方、英国は自由なサービスや資本の移動の自由を掲げるEU単一市場の原則に反するとして欧州司法裁判所に提訴し、15年にECBの主張が退けられた。


2017/5/3 0:33
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM02H73_S7A500C1FF1000/