初診時に72歳女性は、夫が押す車いすに乗って診察室に入ってきた。座っているのもつらそうな雰囲気で、
車いすの上でやや前かがみになり、目を閉じて眠っているようにも見えた。4年前に受けた胸部大動脈瘤の手術の合併症で、
下部胸椎以下(へそから下)の不完全麻痺になった。ただ、直後から積極的なリハビリテーションを1年間続けたおかげで、
下半身の動きはかなり回復した。しかし、両下肢のしびれ・痛みがひどく、大学病院を含むさまざまな医療機関の神経内科、
脳神経外科、リハビリテーション科、ペインクリニックを受診し、さまざまな種類の神経ブロック療法や薬物療法を受けてきた。
それでも良くならないので、紹介されてきた。耳元で「何がいちばんお困りですか?」と、初診時にどの患者さんにも聞いている質問をすると、
少し上体を起こして目を開けたが、表情はうつろで、目の焦点も定まっていないようだった。何かブツブツ言っているが、
内容は良く聞き取れない。「かなりひどい認知症があるように見えるが、痛み治療で何とかできるレベルなのだろうか。
さて、どうしよう?」とさすがに考え込んでしまった。すると、そばにいた夫がおずおずと話しかけてきた。
「元々は大きな病気もなく、とても活動的で、しっかりしていたのです。大動脈瘤は検診で偶然見つかって手術したのですが、
下半身麻痺になった後も、めげないでリハビリテーションに一生懸命に取り組んで、随分良くなったんです。
でも、痛みとしびれが良くならなくて、いろいろな治療を受けているうちにだんだん悪くなって
何とかなりませんでしょうか?」意を決して、もう一度「何がいちばんお困りですか?」と少し大きめの声で話しかけると、
また何か言い始めた。今度はとぎれとぎれだったが、内容ははっきりと聞こえた。「動けなくてつらい」
「だるい」「何もできなくて、一日中横になって過ごしている」とのことだった。そこで情報を収集した。
紹介状、お薬手帳、夫の話から集めた情報を統合すると、かなり多種類・大量の薬剤を毎日服用していることがわかった。
これが原因ではないのか。そう考えた。実際、服用している薬の量は凄まじかった。神経痛に有効とされている抗けいれん薬系の薬を最大量服用しているほかに、
安定剤と睡眠薬としてベンゾジアゼピン系薬剤を3種類。さらには、筋弛緩薬を1種類、胃薬を2種類、