数年前、持病を理由に仕事を辞めた息子を家族は暖かく励ました。
「気にせんとゆっくり治したらええんや、俺はまだまだ現役やけん」
夫の力強い言葉に勇気づけられた。
「おにーちゃん!私アトピーにいい食材とか調べてん!」
優しく育った娘を見て母は誇らしかった。
翻って現在、彼女の家庭には寒風が吹きすさんでいる。
会話は減り、諍いは増えた。
家族で食卓を囲む、一家団欒の時さえ重苦しい空気は拭い去れなかった。
苦し紛れに電源を入れたテレビから聞こえる、バラエティ番組の空虚な笑い声だけがリビングに反響した。
夫は口を開けば彼女に向かい、息子の現状を責め立てる。まるでお前が悪いと言わんばかりだ。
上の娘は「耐えきれない」とだけ言い残してさっさと自立してしまった。
下の娘が実の兄を「アイツ」と呼ぶまでに時間はかからなかった。
医者には何度も通った。頼み込んで入院までしたこともあった。しかし目の前の愛する息子の持病は一向に回復しないままだ。
(お医者さんは薬を塗れば大丈夫、そんなに重度やないって言うし…)
その醜悪な息子は身体を掻き毟る事で得られる痛みとも快楽ともつかぬ刺激に恍惚とした表情を浮かべている。