AI時代
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プリファード、化学計算3日を30分に 材料探しに威力
スタートアップ
2022年2月5日 2:00 [有料会員限定]

プリファードとENEOSが共同出資した新会社は、高速で材料を探索できるサービスを始めた
人工知能(AI)開発のプリファード・ネットワークス(PFN、東京・千代田)が原子の反応などを瞬時にシミュレーションするソフトウエアを開発した。これまで3日間かかっていた化学計算を30分程度でできる事例もあり、多くのシミュレーションをこなせるようにした。狙った特性を持つ触媒など新素材の開発などに活用できる。

「一度使ったら手放せない」。熊本大学の杉本学准教授は語る。同准教授はコンピューターを用いて様々な物質の構造や機能を解析する計算化学が専門だ。水から水素をつくり出す触媒や水素を貯蔵する材料をコンピューター上の仮想空間で何度もシミュレーションして最適な材料を探す。

強みは計算スピード
杉本准教授が活用するのがPFNの子会社プリファード・コンピュテーショナル・ケミストリー(PFCC)が開発した「Matlantis(マトランティス)」だ。高性能で高額のコンピューターを用意しなくても、ブラウザー上でシミュレーションのための計算を実行できる。

最大の強みは計算スピードだ。従来の化学シミュレーションでは数時間から最大で数カ月かかるような計算も、マトランティスでは数秒単位でできる。実際に杉本准教授の研究室でも、ある原子と金属のシミュレーションにかかる時間を大幅に短縮した。

ごく短い間隔で原子を5万回動かしながら実施したシミュレーションでは、従来の手法で3日間かかる作業が30分程度で終わったという。「思考実験を繰り返すことができ、アイデアを素早く検証できるため高速化は画期的だ」と舌を巻く。

マトランティスの高速計算を可能にしているのがAIだ。深層学習を用いて、原子の動きを再現するために必要なエネルギーや力などのデータを大量に学習したモデルを構築した。現在は55個の元素に対応しており、それぞれの原子構造をシミュレーションできるようにした。

「アカデミア(学術界)では実現できないなという、ある種の諦めや悔しさがあった」。信州大学の古山通久教授はマトランティスを初めて使用したときに抱いた印象を打ち明ける。マトランティスの開発には膨大な原子構造のデータをもとにAIモデルを開発する必要があった。

PFNは米エヌビディアの画像処理半導体(GPU)を搭載したスーパーコンピューターを稼働させてきたほか、自社で開発したAI向けのチップを搭載したスパコンも保有する。大量の計算資源を注ぎ込むためのハードウエアがそろっていたことで、AIモデルの開発を実現した。

ENEOSとのシナジーも
膨大な計算資源に加えて、国内外の優秀なエンジニアによる開発力もPFNの強みだ。ここにPFCCに共同出資したENEOSが長年培ってきた化学の知見を組み合わせることで、化学計算を効率化するマトランティスを完成させた。古山教授は「アカデミアでは10年かけなければ実現しなかったかもしれない」と評価する。

PFNはトヨタ自動車やファナックなど大企業と協業実績があり、企業価値が3500億円を超えるAI業界の最有力スタートアップだ。こうしたなかでENEOSの藤山優一郎執行役員は「せっかくならば普通ではできないことをやりたい」と材料探索に期待した。

周囲からは難易度の高さから口々に「できるわけがない」との声も漏れたが、PFNの開発スピードとENEOSの研究員の技術力で「無謀なこと」(PFCC社長でPFNの最高研究責任者である岡野原大輔氏)を実現した。共同研究の過程でENEOSが後にマトランティスに結実するソフトウエアを活用し、20年夏ごろに材料探索で成果をあげ始めたことで製品化への道筋が見えた。

21年7月にサービスを開始し、顧客も順調に増やしてきた。同年10月時点で大学の研究室や企業など10団体が有料契約で活用しているほか、50団体以上が契約を検討しているという。

昨年10月末に幕張メッセでのイベントで岡野原社長がマトランティスの講演をした際、会場は企業関係者など多くの人々で埋め尽くされたほど注目は大きい。

他企業にも開放へ