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【急騰】今買えばいい株9102【わわわ】

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0001山師さん (ワッチョイ f27c-RtBB)
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2017/10/20(金) 10:24:32.24ID:h0IwfpNU0
※※※ 実況はコチラへ ※※※
市況1板
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・コテは無視しましょう。荒らしに構う奴も荒らしです。
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・注目銘柄の事実に基づいた情報共有が目的なので、単なる買い煽りや自慰行為は控えてください。

*コテハンを付ける方は投資一般板やみんかぶ、ブログやツイッターを強く推奨しています。
*ブログの宣伝行為、スレの私物化は控えてください。


避難所
http://jbbs.shitaraba.net/business/5380/

●2ちゃんねる初心者の方は必ず使用上のお約束をお読みください。
http://info.5ch.net/index.php/
●次スレは原則>>700が立てること。>>750>>800は補欠で待機。
900までに700,750,800がスレ立てできなかったら、有志がスレ立て宣言してスレ立てよろ。
※立てる前にスレ立て宣言推奨(スレ乱立防止のため)
※スレ一覧リロードで重複確認必須、スレ番が正しいか確認してから立てること。
※スレタイに特定の銘柄名をつけるのはやめましょう。トラブルの原因です。
※スレタイの先頭には【急騰】を、途中には通し番号をつけるのをお忘れなく。
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0799山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 18:58:51.55ID:CS/nVfsv0
ろは日の詰つまって行くせわしない秋に、誰も注意を惹ひかれる肌寒はださむの季節であった。先生の附
近ふきんで盗難に罹かかったものが三、四日続いて出た。盗難はいずれも宵の口であった。大したものを
持って行かれた家うちはほとんどなかったけれども、はいられた所では必ず何か取られた。奥さんは気味
0800山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 18:59:07.33ID:CS/nVfsv0
をわるくした。そこへ先生がある晩家を空あけなければならない事情ができてきた。先生と同郷の友人で
地方の病院に奉職しているものが上京したため、先生は外ほかの二、三名と共に、ある所でその友人に飯
めしを食わせなければならなくなった。先生は訳を話して、私に帰ってくる間までの留守番を頼んだ。私
0802山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 18:59:39.41ID:CS/nVfsv0
 私わたくしの行ったのはまだ灯ひの点つくか点かない暮れ方であったが、几帳面きちょうめんな先生は
もう宅うちにいなかった。「時間に後おくれると悪いって、つい今しがた出掛けました」といった奥さん
0803山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 18:59:55.58ID:CS/nVfsv0
は、私を先生の書斎へ案内した。
 書斎には洋机テーブルと椅子いすの外ほかに、沢山の書物が美しい背皮せがわを並べて、硝子越ガラス
ごしに電燈でんとうの光で照らされていた。奥さんは火鉢の前に敷いた座蒲団ざぶとんの上へ私を坐すわ
0804山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:00:11.52ID:CS/nVfsv0
らせて、「ちっとそこいらにある本でも読んでいて下さい」と断って出て行った。私はちょうど主人の帰
りを待ち受ける客のような気がして済まなかった。私は畏かしこまったまま烟草タバコを飲んでいた。奥
さんが茶の間で何か下女げじょに話している声が聞こえた。書斎は茶の間の縁側を突き当って折れ曲った
0805山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:00:27.47ID:CS/nVfsv0
角かどにあるので、棟むねの位置からいうと、座敷よりもかえって掛け離れた静かさを領りょうしていた
。ひとしきりで奥さんの話し声が已やむと、後あとはしんとした。私は泥棒を待ち受けるような心持で、
凝じっとしながら気をどこかに配った。
0806山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:00:43.52ID:CS/nVfsv0
 三十分ほどすると、奥さんがまた書斎の入口へ顔を出した。「おや」といって、軽く驚いた時の眼を私
に向けた。そうして客に来た人のように鹿爪しかつめらしく控えている私をおかしそうに見た。
「それじゃ窮屈でしょう」
0807山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:00:59.56ID:CS/nVfsv0
「いえ、窮屈じゃありません」
「でも退屈でしょう」
「いいえ。泥棒が来るかと思って緊張しているから退屈でもありません」
0808山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:01:15.61ID:CS/nVfsv0
 奥さんは手に紅茶茶碗こうちゃぢゃわんを持ったまま、笑いながらそこに立っていた。
「ここは隅っこだから番をするには好よくありませんね」と私がいった。
「じゃ失礼ですがもっと真中へ出て来て頂戴ちょうだい。ご退屈たいくつだろうと思って、お茶を入れて
0809山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:01:31.55ID:CS/nVfsv0
持って来たんですが、茶の間で宜よろしければあちらで上げますから」
 私は奥さんの後あとに尾ついて書斎を出た。茶の間には綺麗きれいな長火鉢ながひばちに鉄瓶てつびん
が鳴っていた。私はそこで茶と菓子のご馳走ちそうになった。奥さんは寝ねられないといけないといって
0810山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:01:47.44ID:CS/nVfsv0
、茶碗に手を触れなかった。
「先生はやっぱり時々こんな会へお出掛でかけになるんですか」
「いいえ滅多めったに出た事はありません。近頃ちかごろは段々人の顔を見るのが嫌きらいになるようで
0811山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:02:03.64ID:CS/nVfsv0
す」
 こういった奥さんの様子に、別段困ったものだという風ふうも見えなかったので、私はつい大胆になっ
た。
0812山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:02:19.72ID:CS/nVfsv0
「それじゃ奥さんだけが例外なんですか」
「いいえ私も嫌われている一人なんです」
「そりゃ嘘うそです」と私がいった。「奥さん自身嘘と知りながらそうおっしゃるんでしょう」
0813山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:02:35.61ID:CS/nVfsv0
「なぜ」
「私にいわせると、奥さんが好きになったから世間が嫌いになるんですもの」
「あなたは学問をする方かただけあって、なかなかお上手じょうずね。空からっぽな理屈を使いこなす事
0814山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:02:51.63ID:CS/nVfsv0
が。世の中が嫌いになったから、私までも嫌いになったんだともいわれるじゃありませんか。それと同お
んなじ理屈で」
「両方ともいわれる事はいわれますが、この場合は私の方が正しいのです」
0815山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:03:07.64ID:CS/nVfsv0
「議論はいやよ。よく男の方は議論だけなさるのね、面白そうに。空からの盃さかずきでよくああ飽きず
に献酬けんしゅうができると思いますわ」
 奥さんの言葉は少し手痛てひどかった。しかしその言葉の耳障みみざわりからいうと、決して猛烈なも
0816山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:03:23.60ID:CS/nVfsv0
のではなかった。自分に頭脳のある事を相手に認めさせて、そこに一種の誇りを見出みいだすほどに奥さ
んは現代的でなかった。奥さんはそれよりもっと底の方に沈んだ心を大事にしているらしく見えた。
0817山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:03:39.67ID:CS/nVfsv0
十七

 私わたくしはまだその後あとにいうべき事をもっていた。けれども奥さんから徒いたずらに議論を仕掛
0818山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:03:55.66ID:CS/nVfsv0
ける男のように取られては困ると思って遠慮した。奥さんは飲み干した紅茶茶碗こうちゃぢゃわんの底を
覗のぞいて黙っている私を外そらさないように、「もう一杯上げましょうか」と聞いた。私はすぐ茶碗を
奥さんの手に渡した。
0819山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:04:11.62ID:CS/nVfsv0
「いくつ? 一つ? 二ッつ?」
 妙なもので角砂糖をつまみ上げた奥さんは、私の顔を見て、茶碗の中へ入れる砂糖の数かずを聞いた。
奥さんの態度は私に媚こびるというほどではなかったけれども、先刻さっきの強い言葉を力つとめて打ち
0820山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:04:27.64ID:CS/nVfsv0
消そうとする愛嬌あいきょうに充みちていた。
 私は黙って茶を飲んだ。飲んでしまっても黙っていた。
「あなた大変黙り込んじまったのね」と奥さんがいった。
0821山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:04:43.69ID:CS/nVfsv0
「何かいうとまた議論を仕掛けるなんて、叱しかり付けられそうですから」と私は答えた。
「まさか」と奥さんが再びいった。
 二人はそれを緒口いとくちにまた話を始めた。そうしてまた二人に共通な興味のある先生を問題にした
0822山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:04:59.63ID:CS/nVfsv0

「奥さん、先刻さっきの続きをもう少しいわせて下さいませんか。奥さんには空からな理屈と聞こえるか
も知れませんが、私はそんな上うわの空そらでいってる事じゃないんだから」
0823山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:05:15.55ID:CS/nVfsv0
「じゃおっしゃい」
「今奥さんが急にいなくなったとしたら、先生は現在の通りで生きていられるでしょうか」
「そりゃ分らないわ、あなた。そんな事、先生に聞いて見るより外ほかに仕方がないじゃありませんか。
0824山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:05:31.47ID:CS/nVfsv0
私の所へ持って来る問題じゃないわ」
「奥さん、私は真面目まじめですよ。だから逃げちゃいけません。正直に答えなくっちゃ」
「正直よ。正直にいって私には分らないのよ」
0825山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:05:47.68ID:CS/nVfsv0
「じゃ奥さんは先生をどのくらい愛していらっしゃるんですか。これは先生に聞くよりむしろ奥さんに伺
っていい質問ですから、あなたに伺います」
「何もそんな事を開き直って聞かなくっても好いいじゃありませんか」
0826山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:06:03.66ID:CS/nVfsv0
「真面目くさって聞くがものはない。分り切ってるとおっしゃるんですか」
「まあそうよ」
「そのくらい先生に忠実なあなたが急にいなくなったら、先生はどうなるんでしょう。世の中のどっちを
0827山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:06:19.79ID:CS/nVfsv0
向いても面白そうでない先生は、あなたが急にいなくなったら後でどうなるでしょう。先生から見てじゃ
ない。あなたから見てですよ。あなたから見て、先生は幸福になるでしょうか、不幸になるでしょうか」
「そりゃ私から見れば分っています。(先生はそう思っていないかも知れませんが)。先生は私を離れれ
0828山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:06:35.52ID:CS/nVfsv0
ば不幸になるだけです。あるいは生きていられないかも知れませんよ。そういうと、己惚おのぼれになる
ようですが、私は今先生を人間としてできるだけ幸福にしているんだと信じていますわ。どんな人があっ
ても私ほど先生を幸福にできるものはないとまで思い込んでいますわ。それだからこうして落ち付いてい
0829山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:06:51.70ID:CS/nVfsv0
られるんです」
「その信念が先生の心に好よく映るはずだと私は思いますが」
「それは別問題ですわ」
0830山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:07:07.72ID:CS/nVfsv0
「やっぱり先生から嫌われているとおっしゃるんですか」
「私は嫌われてるとは思いません。嫌われる訳がないんですもの。しかし先生は世間が嫌いなんでしょう
。世間というより近頃ちかごろでは人間が嫌いになっているんでしょう。だからその人間の一人いちにん
0831山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:07:23.79ID:CS/nVfsv0
として、私も好かれるはずがないじゃありませんか」
 奥さんの嫌われているという意味がやっと私に呑のみ込めた。
0832山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:07:39.61ID:CS/nVfsv0
十八

 私わたくしは奥さんの理解力に感心した。奥さんの態度が旧式の日本の女らしくないところも私の注意
0833山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:07:56.17ID:CS/nVfsv0
に一種の刺戟しげきを与えた。それで奥さんはその頃ころ流行はやり始めたいわゆる新しい言葉などはほ
とんど使わなかった。
 私は女というものに深い交際つきあいをした経験のない迂闊うかつな青年であった。男としての私は、
0834山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:08:11.70ID:CS/nVfsv0
異性に対する本能から、憧憬どうけいの目的物として常に女を夢みていた。けれどもそれは懐かしい春の
雲を眺ながめるような心持で、ただ漠然ばくぜんと夢みていたに過ぎなかった。だから実際の女の前へ出
ると、私の感情が突然変る事が時々あった。私は自分の前に現われた女のために引き付けられる代りに、
0835山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:08:27.73ID:CS/nVfsv0
その場に臨んでかえって変な反撥力はんぱつりょくを感じた。奥さんに対した私にはそんな気がまるで出
なかった。普通男女なんにょの間に横たわる思想の不平均という考えもほとんど起らなかった。私は奥さ
んの女であるという事を忘れた。私はただ誠実なる先生の批評家および同情家として奥さんを眺めた。
0836山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:08:43.77ID:CS/nVfsv0
「奥さん、私がこの前なぜ先生が世間的にもっと活動なさらないのだろうといって、あなたに聞いた時に
、あなたはおっしゃった事がありますね。元はああじゃなかったんだって」
「ええいいました。実際あんなじゃなかったんですもの」
0837山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:08:59.57ID:CS/nVfsv0
「どんなだったんですか」
「あなたの希望なさるような、また私の希望するような頼もしい人だったんです」
「それがどうして急に変化なすったんですか」
0838山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:09:15.82ID:CS/nVfsv0
「急にじゃありません、段々ああなって来たのよ」
「奥さんはその間あいだ始終先生といっしょにいらしったんでしょう」
「無論いましたわ。夫婦ですもの」
0839山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:09:31.73ID:CS/nVfsv0
「じゃ先生がそう変って行かれる源因げんいんがちゃんと解わかるべきはずですがね」
「それだから困るのよ。あなたからそういわれると実に辛つらいんですが、私にはどう考えても、考えよ
うがないんですもの。私は今まで何遍なんべんあの人に、どうぞ打ち明けて下さいって頼んで見たか分り
0840山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:09:47.65ID:CS/nVfsv0
ゃしません」
「先生は何とおっしゃるんですか」
「何にもいう事はない、何にも心配する事はない、おれはこういう性質になったんだからというだけで、
0841山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:10:03.64ID:CS/nVfsv0
取り合ってくれないんです」
 私は黙っていた。奥さんも言葉を途切とぎらした。下女部屋げじょべやにいる下女はことりとも音をさ
せなかった。私はまるで泥棒の事を忘れてしまった。
0842山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:10:20.04ID:CS/nVfsv0
「あなたは私に責任があるんだと思ってやしませんか」と突然奥さんが聞いた。
「いいえ」と私が答えた。
「どうぞ隠さずにいって下さい。そう思われるのは身を切られるより辛いんだから」と奥さんがまたいっ
0843山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:10:35.79ID:CS/nVfsv0
た。「これでも私は先生のためにできるだけの事はしているつもりなんです」
「そりゃ先生もそう認めていられるんだから、大丈夫です。ご安心なさい、私が保証します」
 奥さんは火鉢の灰を掻かき馴ならした。それから水注みずさしの水を鉄瓶てつびんに注さした。鉄瓶は
0844山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:10:51.78ID:CS/nVfsv0
忽たちまち鳴りを沈めた。
「私はとうとう辛防しんぼうし切れなくなって、先生に聞きました。私に悪い所があるなら遠慮なくいっ
て下さい、改められる欠点なら改めるからって、すると先生は、お前に欠点なんかありゃしない、欠点は
0845山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:11:07.64ID:CS/nVfsv0
おれの方にあるだけだというんです。そういわれると、私悲しくなって仕様がないんです、涙が出てなお
の事自分の悪い所が聞きたくなるんです」
 奥さんは眼の中うちに涙をいっぱい溜ためた。
0847山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:11:39.71ID:CS/nVfsv0
 始め私わたくしは理解のある女性にょしょうとして奥さんに対していた。私がその気で話しているうち
に、奥さんの様子が次第に変って来た。奥さんは私の頭脳に訴える代りに、私の心臓ハートを動かし始め
た。自分と夫の間には何の蟠わだかまりもない、またないはずであるのに、やはり何かある。それだのに
0848山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:11:55.68ID:CS/nVfsv0
眼を開あけて見極みきわめようとすると、やはり何なんにもない。奥さんの苦にする要点はここにあった

 奥さんは最初世の中を見る先生の眼が厭世的えんせいてきだから、その結果として自分も嫌われている
0849山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:12:11.61ID:CS/nVfsv0
のだと断言した。そう断言しておきながら、ちっともそこに落ち付いていられなかった。底を割ると、か
えってその逆を考えていた。先生は自分を嫌う結果、とうとう世の中まで厭いやになったのだろうと推測
していた。けれどもどう骨を折っても、その推測を突き留めて事実とする事ができなかった。先生の態度
0850山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:12:27.82ID:CS/nVfsv0
はどこまでも良人おっとらしかった。親切で優しかった。疑いの塊かたまりをその日その日の情合じょう
あいで包んで、そっと胸の奥にしまっておいた奥さんは、その晩その包みの中を私の前で開けて見せた。
「あなたどう思って?」と聞いた。「私からああなったのか、それともあなたのいう人世観じんせいかん
0851山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
垢版 |
2018/01/24(水) 19:12:43.62ID:CS/nVfsv0
とか何とかいうものから、ああなったのか。隠さずいって頂戴ちょうだい」
 私は何も隠す気はなかった。けれども私の知らないあるものがそこに存在しているとすれば、私の答え
が何であろうと、それが奥さんを満足させるはずがなかった。そうして私はそこに私の知らないあるもの
0852山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
垢版 |
2018/01/24(水) 19:12:59.86ID:CS/nVfsv0
があると信じていた。
「私には解わかりません」
 奥さんは予期の外はずれた時に見る憐あわれな表情をその咄嗟とっさに現わした。私はすぐ私の言葉を
0853山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
垢版 |
2018/01/24(水) 19:13:15.71ID:CS/nVfsv0
継ぎ足した。
「しかし先生が奥さんを嫌っていらっしゃらない事だけは保証します。私は先生自身の口から聞いた通り
を奥さんに伝えるだけです。先生は嘘うそを吐つかない方かたでしょう」
0854山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:13:31.65ID:CS/nVfsv0
 奥さんは何とも答えなかった。しばらくしてからこういった。
「実は私すこし思いあたる事があるんですけれども……」
「先生がああいう風ふうになった源因げんいんについてですか」
0855山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
垢版 |
2018/01/24(水) 19:13:47.96ID:CS/nVfsv0
「ええ。もしそれが源因だとすれば、私の責任だけはなくなるんだから、それだけでも私大変楽になれる
んですが、……」
「どんな事ですか」
0856山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:14:03.71ID:CS/nVfsv0
 奥さんはいい渋って膝ひざの上に置いた自分の手を眺めていた。
「あなた判断して下すって。いうから」
「私にできる判断ならやります」
0857山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
垢版 |
2018/01/24(水) 19:14:19.83ID:CS/nVfsv0
「みんなはいえないのよ。みんないうと叱しかられるから。叱られないところだけよ」
 私は緊張して唾液つばきを呑のみ込んだ。
「先生がまだ大学にいる時分、大変仲の好いいお友達が一人あったのよ。その方かたがちょうど卒業する
0858山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
垢版 |
2018/01/24(水) 19:14:35.83ID:CS/nVfsv0
少し前に死んだんです。急に死んだんです」
 奥さんは私の耳に私語ささやくような小さな声で、「実は変死したんです」といった。それは「どうし
て」と聞き返さずにはいられないようないい方であった。
0859山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:14:51.91ID:CS/nVfsv0
「それっ切りしかいえないのよ。けれどもその事があってから後のちなんです。先生の性質が段々変って
来たのは。なぜその方が死んだのか、私には解らないの。先生にもおそらく解っていないでしょう。けれ
どもそれから先生が変って来たと思えば、そう思われない事もないのよ」
0860山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:15:08.10ID:CS/nVfsv0
「その人の墓ですか、雑司ヶ谷ぞうしがやにあるのは」
「それもいわない事になってるからいいません。しかし人間は親友を一人亡くしただけで、そんなに変化
できるものでしょうか。私はそれが知りたくって堪たまらないんです。だからそこを一つあなたに判断し
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2018/01/24(水) 19:15:39.89ID:CS/nVfsv0
二十

 私わたくしは私のつらまえた事実の許す限り、奥さんを慰めようとした。奥さんもまたできるだけ私に
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2018/01/24(水) 19:15:55.70ID:CS/nVfsv0
よって慰められたそうに見えた。それで二人は同じ問題をいつまでも話し合った。けれども私はもともと
事の大根おおねを攫つかんでいなかった。奥さんの不安も実はそこに漂ただよう薄い雲に似た疑惑から出
て来ていた。事件の真相になると、奥さん自身にも多くは知れていなかった。知れているところでも悉皆
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2018/01/24(水) 19:16:11.73ID:CS/nVfsv0
すっかりは私に話す事ができなかった。したがって慰める私も、慰められる奥さんも、共に波に浮いて、
ゆらゆらしていた。ゆらゆらしながら、奥さんはどこまでも手を出して、覚束おぼつかない私の判断に縋
すがり付こうとした。
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2018/01/24(水) 19:16:27.86ID:CS/nVfsv0
 十時頃ごろになって先生の靴の音が玄関に聞こえた時、奥さんは急に今までのすべてを忘れたように、
前に坐すわっている私をそっちのけにして立ち上がった。そうして格子こうしを開ける先生をほとんど出
合であい頭がしらに迎えた。私は取り残されながら、後あとから奥さんに尾ついて行った。下女げじょだ
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2018/01/24(水) 19:16:43.87ID:CS/nVfsv0
けは仮寝うたたねでもしていたとみえて、ついに出て来なかった。
 先生はむしろ機嫌がよかった。しかし奥さんの調子はさらによかった。今しがた奥さんの美しい眼のう
ちに溜たまった涙の光と、それから黒い眉毛まゆげの根に寄せられた八の字を記憶していた私は、その変
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2018/01/24(水) 19:16:59.84ID:CS/nVfsv0
化を異常なものとして注意深く眺ながめた。もしそれが詐いつわりでなかったならば、(実際それは詐り
とは思えなかったが)、今までの奥さんの訴えは感傷センチメントを玩もてあそぶためにとくに私を相手
に拵こしらえた、徒いたずらな女性の遊戯と取れない事もなかった。もっともその時の私には奥さんをそ
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2018/01/24(水) 19:17:15.70ID:CS/nVfsv0
れほど批評的に見る気は起らなかった。私は奥さんの態度の急に輝いて来たのを見て、むしろ安心した。
これならばそう心配する必要もなかったんだと考え直した。
 先生は笑いながら「どうもご苦労さま、泥棒は来ませんでしたか」と私に聞いた。それから「来ないん
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2018/01/24(水) 19:17:31.95ID:CS/nVfsv0
で張合はりあいが抜けやしませんか」といった。
 帰る時、奥さんは「どうもお気の毒さま」と会釈した。その調子は忙しいところを暇を潰つぶさせて気
の毒だというよりも、せっかく来たのに泥棒がはいらなくって気の毒だという冗談のように聞こえた。奥
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2018/01/24(水) 19:17:47.91ID:CS/nVfsv0
さんはそういいながら、先刻さっき出した西洋菓子の残りを、紙に包んで私の手に持たせた。私はそれを
袂たもとへ入れて、人通りの少ない夜寒よさむの小路こうじを曲折して賑にぎやかな町の方へ急いだ。
 私はその晩の事を記憶のうちから抽ひき抜いてここへ詳くわしく書いた。これは書くだけの必要がある
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2018/01/24(水) 19:18:03.77ID:CS/nVfsv0
から書いたのだが、実をいうと、奥さんに菓子を貰もらって帰るときの気分では、それほど当夜の会話を
重く見ていなかった。私はその翌日よくじつ午飯ひるめしを食いに学校から帰ってきて、昨夜ゆうべ机の
上に載のせて置いた菓子の包みを見ると、すぐその中からチョコレートを塗った鳶色とびいろのカステラ
0872山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:18:19.97ID:CS/nVfsv0
を出して頬張ほおばった。そうしてそれを食う時に、必竟ひっきょうこの菓子を私にくれた二人の男女な
んにょは、幸福な一対いっついとして世の中に存在しているのだと自覚しつつ味わった。
 秋が暮れて冬が来るまで格別の事もなかった。私は先生の宅うちへ出ではいりをするついでに、衣服の
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2018/01/24(水) 19:18:35.91ID:CS/nVfsv0
洗あらい張はりや仕立したて方かたなどを奥さんに頼んだ。それまで繻絆じゅばんというものを着た事の
ない私が、シャツの上に黒い襟のかかったものを重ねるようになったのはこの時からであった。子供のな
い奥さんは、そういう世話を焼くのがかえって退屈凌たいくつしのぎになって、結句けっく身体からだの
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2018/01/24(水) 19:18:52.02ID:CS/nVfsv0
薬だぐらいの事をいっていた。
「こりゃ手織ておりね。こんな地じの好いい着物は今まで縫った事がないわ。その代り縫い悪にくいのよ
そりゃあ。まるで針が立たないんですもの。お蔭かげで針を二本折りましたわ」
0875山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:19:07.84ID:CS/nVfsv0
 こんな苦情をいう時ですら、奥さんは別に面倒めんどうくさいという顔をしなかった。

二十一
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2018/01/24(水) 19:19:23.81ID:CS/nVfsv0
 冬が来た時、私わたくしは偶然国へ帰らなければならない事になった。私の母から受け取った手紙の中
に、父の病気の経過が面白くない様子を書いて、今が今という心配もあるまいが、年が年だから、できる
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2018/01/24(水) 19:19:39.75ID:CS/nVfsv0
なら都合して帰って来てくれと頼むように付け足してあった。
 父はかねてから腎臓じんぞうを病んでいた。中年以後の人にしばしば見る通り、父のこの病やまいは慢
性であった。その代り要心さえしていれば急変のないものと当人も家族のものも信じて疑わなかった。現
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2018/01/24(水) 19:19:55.95ID:CS/nVfsv0
に父は養生のお蔭かげ一つで、今日こんにちまでどうかこうか凌しのいで来たように客が来ると吹聴ふい
ちょうしていた。その父が、母の書信によると、庭へ出て何かしている機はずみに突然眩暈めまいがして
引ッ繰り返った。家内かないのものは軽症の脳溢血のういっけつと思い違えて、すぐその手当をした。後
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2018/01/24(水) 19:20:11.83ID:CS/nVfsv0
あとで医者からどうもそうではないらしい、やはり持病の結果だろうという判断を得て、始めて卒倒と腎
臓病とを結び付けて考えるようになったのである。
 冬休みが来るにはまだ少し間まがあった。私は学期の終りまで待っていても差支さしつかえあるまいと
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2018/01/24(水) 19:20:27.81ID:CS/nVfsv0
思って一日二日そのままにしておいた。するとその一日二日の間に、父の寝ている様子だの、母の心配し
ている顔だのが時々眼に浮かんだ。そのたびに一種の心苦しさを嘗なめた私は、とうとう帰る決心をした
。国から旅費を送らせる手数てかずと時間を省くため、私は暇乞いとまごいかたがた先生の所へ行って、
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2018/01/24(水) 19:20:43.93ID:CS/nVfsv0
要いるだけの金を一時立て替えてもらう事にした。
 先生は少し風邪かぜの気味で、座敷へ出るのが臆劫おっくうだといって、私をその書斎に通した。書斎
の硝子戸ガラスどから冬に入いって稀まれに見るような懐かしい和やわらかな日光が机掛つくえかけの上
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2018/01/24(水) 19:20:59.91ID:CS/nVfsv0
に射さしていた。先生はこの日あたりの好いい室へやの中へ大きな火鉢を置いて、五徳ごとくの上に懸け
た金盥かなだらいから立ち上あがる湯気ゆげで、呼吸いきの苦しくなるのを防いでいた。
「大病は好いいが、ちょっとした風邪かぜなどはかえって厭いやなものですね」といった先生は、苦笑し
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2018/01/24(水) 19:21:16.07ID:CS/nVfsv0
ながら私の顔を見た。
 先生は病気という病気をした事のない人であった。先生の言葉を聞いた私は笑いたくなった。
「私は風邪ぐらいなら我慢しますが、それ以上の病気は真平まっぴらです。先生だって同じ事でしょう。
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2018/01/24(水) 19:21:31.98ID:CS/nVfsv0
試みにやってご覧になるとよく解わかります」
「そうかね。私は病気になるくらいなら、死病に罹かかりたいと思ってる」
 私は先生のいう事に格別注意を払わなかった。すぐ母の手紙の話をして、金の無心を申し出た。
0885山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:21:48.11ID:CS/nVfsv0
「そりゃ困るでしょう。そのくらいなら今手元にあるはずだから持って行きたまえ」
 先生は奥さんを呼んで、必要の金額を私の前に並べさせてくれた。それを奥の茶箪笥ちゃだんすか何か
の抽出ひきだしから出して来た奥さんは、白い半紙の上へ鄭寧ていねいに重ねて、「そりゃご心配ですね
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2018/01/24(水) 19:22:04.04ID:CS/nVfsv0
」といった。
「何遍なんべんも卒倒したんですか」と先生が聞いた。
「手紙には何とも書いてありませんが。――そんなに何度も引ッ繰り返るものですか」
0887山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:22:20.13ID:CS/nVfsv0
「ええ」
 先生の奥さんの母親という人も私の父と同じ病気で亡くなったのだという事が始めて私に解った。
「どうせむずかしいんでしょう」と私がいった。
0888山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:22:36.08ID:CS/nVfsv0
「そうさね。私が代られれば代ってあげても好いいが。――嘔気はきけはあるんですか」
「どうですか、何とも書いてないから、大方おおかたないんでしょう」
「吐気さえ来なければまだ大丈夫ですよ」と奥さんがいった。
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2018/01/24(水) 19:23:07.96ID:CS/nVfsv0
 父の病気は思ったほど悪くはなかった。それでも着いた時は、床とこの上に胡坐あぐらをかいて、「み
んなが心配するから、まあ我慢してこう凝じっとしている。なにもう起きても好いいのさ」といった。し
0891山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:23:24.11ID:CS/nVfsv0
かしその翌日よくじつからは母が止めるのも聞かずに、とうとう床を上げさせてしまった。母は不承無性
ふしょうぶしょうに太織ふとおりの蒲団ふとんを畳みながら「お父さんはお前が帰って来たので、急に気
が強くおなりなんだよ」といった。私わたくしには父の挙動がさして虚勢を張っているようにも思えなか
0892山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:23:40.15ID:CS/nVfsv0
った。
 私の兄はある職を帯びて遠い九州にいた。これは万一の事がある場合でなければ、容易に父母ちちはは
の顔を見る自由の利きかない男であった。妹は他国へ嫁とついだ。これも急場の間に合うように、おいそ
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2018/01/24(水) 19:23:56.11ID:CS/nVfsv0
れと呼び寄せられる女ではなかった。兄妹きょうだい三人のうちで、一番便利なのはやはり書生をしてい
る私だけであった。その私が母のいい付け通り学校の課業を放ほうり出して、休み前に帰って来たという
事が、父には大きな満足であった。
0894山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:24:11.95ID:CS/nVfsv0
「これしきの病気に学校を休ませては気の毒だ。お母さんがあまり仰山ぎょうさんな手紙を書くものだか
らいけない」
 父は口ではこういった。こういったばかりでなく、今まで敷いていた床とこを上げさせて、いつものよ
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2018/01/24(水) 19:24:28.03ID:CS/nVfsv0
うな元気を示した。
「あんまり軽はずみをしてまた逆回ぶりかえすといけませんよ」
 私のこの注意を父は愉快そうにしかし極きわめて軽く受けた。
0896山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:24:44.18ID:CS/nVfsv0
「なに大丈夫、これでいつものように要心ようじんさえしていれば」
 実際父は大丈夫らしかった。家の中を自由に往来して、息も切れなければ、眩暈めまいも感じなかった
。ただ顔色だけは普通の人よりも大変悪かったが、これはまた今始まった症状でもないので、私たちは格
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2018/01/24(水) 19:25:00.20ID:CS/nVfsv0
別それを気に留めなかった。
 私は先生に手紙を書いて恩借おんしゃくの礼を述べた。正月上京する時に持参するからそれまで待って
くれるようにと断わった。そうして父の病状の思ったほど険悪でない事、この分なら当分安心な事、眩暈
0898山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:25:15.96ID:CS/nVfsv0
も嘔気はきけも皆無な事などを書き連ねた。最後に先生の風邪ふうじゃについても一言いちごんの見舞を
附つけ加えた。私は先生の風邪を実際軽く見ていたので。
 私はその手紙を出す時に決して先生の返事を予期していなかった。出した後で父や母と先生の噂うわさ
0899山師さん (ワッチョイ 7594-weOF)
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2018/01/24(水) 19:25:32.06ID:CS/nVfsv0
などをしながら、遥はるかに先生の書斎を想像した。
「こんど東京へ行くときには椎茸しいたけでも持って行ってお上げ」
「ええ、しかし先生が干した椎茸なぞを食うかしら」
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