【急騰】今買えばいい株8230【】 [無断転載禁止]©2ch.net
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避難所
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VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured 私は変に悲しくなった。
「私が先生から離れて行くようにお思いになれば仕方がありませんが、私にそんな気の起った事はまだあ
りません」 先生は私の言葉に耳を貸さなかった。
「しかし気を付けないといけない。恋は罪悪なんだから。私の所では満足が得られない代りに危険もない
が、――君、黒い長い髪で縛られた時の心持を知っていますか」 私は想像で知っていた。しかし事実としては知らなかった。いずれにしても先生のいう罪悪という意味
は朦朧もうろうとしてよく解わからなかった。その上私は少し不愉快になった。
「先生、罪悪という意味をもっと判然はっきりいって聞かして下さい。それでなければこの問題をここで 切り上げて下さい。私自身に罪悪という意味が判然解るまで」
「悪い事をした。私はあなたに真実まことを話している気でいた。ところが実際は、あなたを焦慮じらし
ていたのだ。私は悪い事をした」 先生と私とは博物館の裏から鶯渓うぐいすだにの方角に静かな歩調で歩いて行った。垣の隙間すきまか
ら広い庭の一部に茂る熊笹くまざさが幽邃ゆうすいに見えた。
「君は私がなぜ毎月まいげつ雑司ヶ谷ぞうしがやの墓地に埋うまっている友人の墓へ参るのか知っていま すか」
先生のこの問いは全く突然であった。しかも先生は私がこの問いに対して答えられないという事もよく
承知していた。私はしばらく返事をしなかった。すると先生は始めて気が付いたようにこういった。 「また悪い事をいった。焦慮じらせるのが悪いと思って、説明しようとすると、その説明がまたあなたを
焦慮せるような結果になる。どうも仕方がない。この問題はこれで止やめましょう。とにかく恋は罪悪で
すよ、よござんすか。そうして神聖なものですよ」 私には先生の話がますます解わからなくなった。しかし先生はそれぎり恋を口にしなかった。
十四 年の若い私わたくしはややともすると一図いちずになりやすかった。少なくとも先生の眼にはそう映っ
ていたらしい。私には学校の講義よりも先生の談話の方が有益なのであった。教授の意見よりも先生の思 想の方が有難いのであった。とどの詰まりをいえば、教壇に立って私を指導してくれる偉い人々よりもた
だ独ひとりを守って多くを語らない先生の方が偉く見えたのであった。
「あんまり逆上のぼせちゃいけません」と先生がいった。 「覚さめた結果としてそう思うんです」と答えた時の私には充分の自信があった。その自信を先生は肯う
けがってくれなかった。
「あなたは熱に浮かされているのです。熱がさめると厭いやになります。私は今のあなたからそれほどに 思われるのを、苦しく感じています。しかしこれから先のあなたに起るべき変化を予想して見ると、なお
苦しくなります」
「私はそれほど軽薄に思われているんですか。それほど不信用なんですか」 「私はお気の毒に思うのです」
「気の毒だが信用されないとおっしゃるんですか」
先生は迷惑そうに庭の方を向いた。その庭に、この間まで重そうな赤い強い色をぽたぽた点じていた椿 つばきの花はもう一つも見えなかった。先生は座敷からこの椿の花をよく眺ながめる癖があった。
「信用しないって、特にあなたを信用しないんじゃない。人間全体を信用しないんです」
その時生垣いけがきの向うで金魚売りらしい声がした。その外ほかには何の聞こえるものもなかった。 大通りから二丁ちょうも深く折れ込んだ小路こうじは存外ぞんがい静かであった。家うちの中はいつもの
通りひっそりしていた。私は次の間まに奥さんのいる事を知っていた。黙って針仕事か何かしている奥さ
んの耳に私の話し声が聞こえるという事も知っていた。しかし私は全くそれを忘れてしまった。 「じゃ奥さんも信用なさらないんですか」と先生に聞いた。
先生は少し不安な顔をした。そうして直接の答えを避けた。
「私は私自身さえ信用していないのです。つまり自分で自分が信用できないから、人も信用できないよう になっているのです。自分を呪のろうより外ほかに仕方がないのです」
「そうむずかしく考えれば、誰だって確かなものはないでしょう」
「いや考えたんじゃない。やったんです。やった後で驚いたんです。そうして非常に怖こわくなったんで す」
私はもう少し先まで同じ道を辿たどって行きたかった。すると襖ふすまの陰で「あなた、あなた」とい
う奥さんの声が二度聞こえた。先生は二度目に「何だい」といった。奥さんは「ちょっと」と先生を次の 間まへ呼んだ。二人の間にどんな用事が起ったのか、私には解わからなかった。それを想像する余裕を与
えないほど早く先生はまた座敷へ帰って来た。
「とにかくあまり私を信用してはいけませんよ。今に後悔するから。そうして自分が欺あざむかれた返報 に、残酷な復讐ふくしゅうをするようになるものだから」
「そりゃどういう意味ですか」
「かつてはその人の膝ひざの前に跪ひざまずいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載のせさせ ようとするのです。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥しりぞけたいと思うのです。私は今
より一層淋さびしい未来の私を我慢する代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己おの
れとに充みちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょ う」
私はこういう覚悟をもっている先生に対して、いうべき言葉を知らなかった。 十五
その後ご私わたくしは奥さんの顔を見るたびに気になった。先生は奥さんに対しても始終こういう態度 に出るのだろうか。もしそうだとすれば、奥さんはそれで満足なのだろうか。
奥さんの様子は満足とも不満足とも極きめようがなかった。私はそれほど近く奥さんに接触する機会が
なかったから。それから奥さんは私に会うたびに尋常であったから。最後に先生のいる席でなければ私と 奥さんとは滅多めったに顔を合せなかったから。
私の疑惑はまだその上にもあった。先生の人間に対するこの覚悟はどこから来るのだろうか。ただ冷た
い眼で自分を内省したり現代を観察したりした結果なのだろうか。先生は坐すわって考える質たちの人で あった。先生の頭さえあれば、こういう態度は坐って世の中を考えていても自然と出て来るものだろうか
。私にはそうばかりとは思えなかった。先生の覚悟は生きた覚悟らしかった。火に焼けて冷却し切った石
造せきぞう家屋の輪廓りんかくとは違っていた。私の眼に映ずる先生はたしかに思想家であった。けれど もその思想家の纏まとめ上げた主義の裏には、強い事実が織り込まれているらしかった。自分と切り離さ
れた他人の事実でなくって、自分自身が痛切に味わった事実、血が熱くなったり脈が止まったりするほど
の事実が、畳み込まれているらしかった。 これは私の胸で推測するがものはない。先生自身すでにそうだと告白していた。ただその告白が雲の峯
みねのようであった。私の頭の上に正体の知れない恐ろしいものを蔽おおい被かぶせた。そうしてなぜそ
れが恐ろしいか私にも解わからなかった。告白はぼうとしていた。それでいて明らかに私の神経を震ふる わせた。
私は先生のこの人生観の基点に、或ある強烈な恋愛事件を仮定してみた。(無論先生と奥さんとの間に
起った)。先生がかつて恋は罪悪だといった事から照らし合せて見ると、多少それが手掛てがかりにもな った。しかし先生は現に奥さんを愛していると私に告げた。すると二人の恋からこんな厭世えんせいに近
い覚悟が出ようはずがなかった。「かつてはその人の前に跪ひざまずいたという記憶が、今度はその人の
頭の上に足を載のせさせようとする」といった先生の言葉は、現代一般の誰彼たれかれについて用いられ るべきで、先生と奥さんの間には当てはまらないもののようでもあった。
雑司ヶ谷ぞうしがやにある誰だれだか分らない人の墓、――これも私の記憶に時々動いた。私はそれが
先生と深い縁故のある墓だという事を知っていた。先生の生活に近づきつつありながら、近づく事のでき ない私は、先生の頭の中にある生命いのちの断片として、その墓を私の頭の中にも受け入れた。けれども
私に取ってその墓は全く死んだものであった。二人の間にある生命いのちの扉を開ける鍵かぎにはならな
かった。むしろ二人の間に立って、自由の往来を妨げる魔物のようであった。 そうこうしているうちに、私はまた奥さんと差し向いで話をしなければならない時機が来た。その頃こ
ろは日の詰つまって行くせわしない秋に、誰も注意を惹ひかれる肌寒はださむの季節であった。先生の附
近ふきんで盗難に罹かかったものが三、四日続いて出た。盗難はいずれも宵の口であった。大したものを 持って行かれた家うちはほとんどなかったけれども、はいられた所では必ず何か取られた。奥さんは気味
をわるくした。そこへ先生がある晩家を空あけなければならない事情ができてきた。先生と同郷の友人で
地方の病院に奉職しているものが上京したため、先生は外ほかの二、三名と共に、ある所でその友人に飯 めしを食わせなければならなくなった。先生は訳を話して、私に帰ってくる間までの留守番を頼んだ。私
はすぐ引き受けた。 十六
私わたくしの行ったのはまだ灯ひの点つくか点かない暮れ方であったが、几帳面きちょうめんな先生は もう宅うちにいなかった。「時間に後おくれると悪いって、つい今しがた出掛けました」といった奥さん
は、私を先生の書斎へ案内した。
書斎には洋机テーブルと椅子いすの外ほかに、沢山の書物が美しい背皮せがわを並べて、硝子越ガラス ごしに電燈でんとうの光で照らされていた。奥さんは火鉢の前に敷いた座蒲団ざぶとんの上へ私を坐すわ
らせて、「ちっとそこいらにある本でも読んでいて下さい」と断って出て行った。私はちょうど主人の帰
りを待ち受ける客のような気がして済まなかった。私は畏かしこまったまま烟草タバコを飲んでいた。奥 さんが茶の間で何か下女げじょに話している声が聞こえた。書斎は茶の間の縁側を突き当って折れ曲った
角かどにあるので、棟むねの位置からいうと、座敷よりもかえって掛け離れた静かさを領りょうしていた
。ひとしきりで奥さんの話し声が已やむと、後あとはしんとした。私は泥棒を待ち受けるような心持で、 凝じっとしながら気をどこかに配った。
三十分ほどすると、奥さんがまた書斎の入口へ顔を出した。「おや」といって、軽く驚いた時の眼を私
に向けた。そうして客に来た人のように鹿爪しかつめらしく控えている私をおかしそうに見た。 「それじゃ窮屈でしょう」
「いえ、窮屈じゃありません」
「でも退屈でしょう」 「いいえ。泥棒が来るかと思って緊張しているから退屈でもありません」
奥さんは手に紅茶茶碗こうちゃぢゃわんを持ったまま、笑いながらそこに立っていた。
「ここは隅っこだから番をするには好よくありませんね」と私がいった。 「じゃ失礼ですがもっと真中へ出て来て頂戴ちょうだい。ご退屈たいくつだろうと思って、お茶を入れて
持って来たんですが、茶の間で宜よろしければあちらで上げますから」
私は奥さんの後あとに尾ついて書斎を出た。茶の間には綺麗きれいな長火鉢ながひばちに鉄瓶てつびん が鳴っていた。私はそこで茶と菓子のご馳走ちそうになった。奥さんは寝ねられないといけないといって
、茶碗に手を触れなかった。
「先生はやっぱり時々こんな会へお出掛でかけになるんですか」 「いいえ滅多めったに出た事はありません。近頃ちかごろは段々人の顔を見るのが嫌きらいになるようで
す」
こういった奥さんの様子に、別段困ったものだという風ふうも見えなかったので、私はつい大胆になっ た。
「それじゃ奥さんだけが例外なんですか」
「いいえ私も嫌われている一人なんです」 「そりゃ嘘うそです」と私がいった。「奥さん自身嘘と知りながらそうおっしゃるんでしょう」
「なぜ」
「私にいわせると、奥さんが好きになったから世間が嫌いになるんですもの」 「あなたは学問をする方かただけあって、なかなかお上手じょうずね。空からっぽな理屈を使いこなす事
が。世の中が嫌いになったから、私までも嫌いになったんだともいわれるじゃありませんか。それと同お
んなじ理屈で」 「両方ともいわれる事はいわれますが、この場合は私の方が正しいのです」
「議論はいやよ。よく男の方は議論だけなさるのね、面白そうに。空からの盃さかずきでよくああ飽きず
に献酬けんしゅうができると思いますわ」 奥さんの言葉は少し手痛てひどかった。しかしその言葉の耳障みみざわりからいうと、決して猛烈なも
のではなかった。自分に頭脳のある事を相手に認めさせて、そこに一種の誇りを見出みいだすほどに奥さ
んは現代的でなかった。奥さんはそれよりもっと底の方に沈んだ心を大事にしているらしく見えた。 私わたくしはまだその後あとにいうべき事をもっていた。けれども奥さんから徒いたずらに議論を仕掛
ける男のように取られては困ると思って遠慮した。奥さんは飲み干した紅茶茶碗こうちゃぢゃわんの底を
覗のぞいて黙っている私を外そらさないように、「もう一杯上げましょうか」と聞いた。私はすぐ茶碗を 奥さんの手に渡した。
「いくつ? 一つ? 二ッつ?」
妙なもので角砂糖をつまみ上げた奥さんは、私の顔を見て、茶碗の中へ入れる砂糖の数かずを聞いた。 奥さんの態度は私に媚こびるというほどではなかったけれども、先刻さっきの強い言葉を力つとめて打ち
消そうとする愛嬌あいきょうに充みちていた。
私は黙って茶を飲んだ。飲んでしまっても黙っていた。 「あなた大変黙り込んじまったのね」と奥さんがいった。
「何かいうとまた議論を仕掛けるなんて、叱しかり付けられそうですから」と私は答えた。
「まさか」と奥さんが再びいった。 二人はそれを緒口いとくちにまた話を始めた。そうしてまた二人に共通な興味のある先生を問題にした
。
「奥さん、先刻さっきの続きをもう少しいわせて下さいませんか。奥さんには空からな理屈と聞こえるか も知れませんが、私はそんな上うわの空そらでいってる事じゃないんだから」
「じゃおっしゃい」
「今奥さんが急にいなくなったとしたら、先生は現在の通りで生きていられるでしょうか」 「そりゃ分らないわ、あなた。そんな事、先生に聞いて見るより外ほかに仕方がないじゃありませんか。
私の所へ持って来る問題じゃないわ」
「奥さん、私は真面目まじめですよ。だから逃げちゃいけません。正直に答えなくっちゃ」 「正直よ。正直にいって私には分らないのよ」
「じゃ奥さんは先生をどのくらい愛していらっしゃるんですか。これは先生に聞くよりむしろ奥さんに伺
っていい質問ですから、あなたに伺います」 「何もそんな事を開き直って聞かなくっても好いいじゃありませんか」
「真面目くさって聞くがものはない。分り切ってるとおっしゃるんですか」
「まあそうよ」 「そのくらい先生に忠実なあなたが急にいなくなったら、先生はどうなるんでしょう。世の中のどっちを
向いても面白そうでない先生は、あなたが急にいなくなったら後でどうなるでしょう。先生から見てじゃ
ない。あなたから見てですよ。あなたから見て、先生は幸福になるでしょうか、不幸になるでしょうか」 「そりゃ私から見れば分っています。(先生はそう思っていないかも知れませんが)。先生は私を離れれ
ば不幸になるだけです。あるいは生きていられないかも知れませんよ。そういうと、己惚おのぼれになる
ようですが、私は今先生を人間としてできるだけ幸福にしているんだと信じていますわ。どんな人があっ ても私ほど先生を幸福にできるものはないとまで思い込んでいますわ。それだからこうして落ち付いてい
られるんです」
「その信念が先生の心に好よく映るはずだと私は思いますが」 「それは別問題ですわ」
「やっぱり先生から嫌われているとおっしゃるんですか」
「私は嫌われてるとは思いません。嫌われる訳がないんですもの。しかし先生は世間が嫌いなんでしょう 。世間というより近頃ちかごろでは人間が嫌いになっているんでしょう。だからその人間の一人いちにん
として、私も好かれるはずがないじゃありませんか」
奥さんの嫌われているという意味がやっと私に呑のみ込めた。 私わたくしは奥さんの理解力に感心した。奥さんの態度が旧式の日本の女らしくないところも私の注意
に一種の刺戟しげきを与えた。それで奥さんはその頃ころ流行はやり始めたいわゆる新しい言葉などはほ
とんど使わなかった。 私は女というものに深い交際つきあいをした経験のない迂闊うかつな青年であった。男としての私は、
異性に対する本能から、憧憬どうけいの目的物として常に女を夢みていた。けれどもそれは懐かしい春の
雲を眺ながめるような心持で、ただ漠然ばくぜんと夢みていたに過ぎなかった。だから実際の女の前へ出 ると、私の感情が突然変る事が時々あった。私は自分の前に現われた女のために引き付けられる代りに、
その場に臨んでかえって変な反撥力はんぱつりょくを感じた。奥さんに対した私にはそんな気がまるで出
なかった。普通男女なんにょの間に横たわる思想の不平均という考えもほとんど起らなかった。私は奥さ んの女であるという事を忘れた。私はただ誠実なる先生の批評家および同情家として奥さんを眺めた。
「奥さん、私がこの前なぜ先生が世間的にもっと活動なさらないのだろうといって、あなたに聞いた時に
、あなたはおっしゃった事がありますね。元はああじゃなかったんだって」 「ええいいました。実際あんなじゃなかったんですもの」
「どんなだったんですか」
「あなたの希望なさるような、また私の希望するような頼もしい人だったんです」 「それがどうして急に変化なすったんですか」
「急にじゃありません、段々ああなって来たのよ」
「奥さんはその間あいだ始終先生といっしょにいらしったんでしょう」 「無論いましたわ。夫婦ですもの」
「じゃ先生がそう変って行かれる源因げんいんがちゃんと解わかるべきはずですがね」
「それだから困るのよ。あなたからそういわれると実に辛つらいんですが、私にはどう考えても、考えよ うがないんですもの。私は今まで何遍なんべんあの人に、どうぞ打ち明けて下さいって頼んで見たか分り
ゃしません」
「先生は何とおっしゃるんですか」 「何にもいう事はない、何にも心配する事はない、おれはこういう性質になったんだからというだけで、
取り合ってくれないんです」
私は黙っていた。奥さんも言葉を途切とぎらした。下女部屋げじょべやにいる下女はことりとも音をさ せなかった。私はまるで泥棒の事を忘れてしまった。
「あなたは私に責任があるんだと思ってやしませんか」と突然奥さんが聞いた。
「いいえ」と私が答えた。 「どうぞ隠さずにいって下さい。そう思われるのは身を切られるより辛いんだから」と奥さんがまたいっ
た。「これでも私は先生のためにできるだけの事はしているつもりなんです」
「そりゃ先生もそう認めていられるんだから、大丈夫です。ご安心なさい、私が保証します」 奥さんは火鉢の灰を掻かき馴ならした。それから水注みずさしの水を鉄瓶てつびんに注さした。鉄瓶は
忽たちまち鳴りを沈めた。
「私はとうとう辛防しんぼうし切れなくなって、先生に聞きました。私に悪い所があるなら遠慮なくいっ て下さい、改められる欠点なら改めるからって、すると先生は、お前に欠点なんかありゃしない、欠点は
おれの方にあるだけだというんです。そういわれると、私悲しくなって仕様がないんです、涙が出てなお
の事自分の悪い所が聞きたくなるんです」 始め私わたくしは理解のある女性にょしょうとして奥さんに対していた。私がその気で話しているうち
に、奥さんの様子が次第に変って来た。奥さんは私の頭脳に訴える代りに、私の心臓ハートを動かし始め た。自分と夫の間には何の蟠わだかまりもない、またないはずであるのに、やはり何かある。それだのに
眼を開あけて見極みきわめようとすると、やはり何なんにもない。奥さんの苦にする要点はここにあった
。 奥さんは最初世の中を見る先生の眼が厭世的えんせいてきだから、その結果として自分も嫌われている
のだと断言した。そう断言しておきながら、ちっともそこに落ち付いていられなかった。底を割ると、か
えってその逆を考えていた。先生は自分を嫌う結果、とうとう世の中まで厭いやになったのだろうと推測 していた。けれどもどう骨を折っても、その推測を突き留めて事実とする事ができなかった。先生の態度
はどこまでも良人おっとらしかった。親切で優しかった。疑いの塊かたまりをその日その日の情合じょう
あいで包んで、そっと胸の奥にしまっておいた奥さんは、その晩その包みの中を私の前で開けて見せた。 「あなたどう思って?」と聞いた。「私からああなったのか、それともあなたのいう人世観じんせいかん
とか何とかいうものから、ああなったのか。隠さずいって頂戴ちょうだい」
私は何も隠す気はなかった。けれども私の知らないあるものがそこに存在しているとすれば、私の答え が何であろうと、それが奥さんを満足させるはずがなかった。そうして私はそこに私の知らないあるもの
があると信じていた。
「私には解わかりません」 奥さんは予期の外はずれた時に見る憐あわれな表情をその咄嗟とっさに現わした。私はすぐ私の言葉を
継ぎ足した。
「しかし先生が奥さんを嫌っていらっしゃらない事だけは保証します。私は先生自身の口から聞いた通り を奥さんに伝えるだけです。先生は嘘うそを吐つかない方かたでしょう」
奥さんは何とも答えなかった。しばらくしてからこういった。
「実は私すこし思いあたる事があるんですけれども……」 「先生がああいう風ふうになった源因げんいんについてですか」
「ええ。もしそれが源因だとすれば、私の責任だけはなくなるんだから、それだけでも私大変楽になれる
んですが、……」 「どんな事ですか」
奥さんはいい渋って膝ひざの上に置いた自分の手を眺めていた。
「あなた判断して下すって。いうから」 「私にできる判断ならやります」
「みんなはいえないのよ。みんないうと叱しかられるから。叱られないところだけよ」
私は緊張して唾液つばきを呑のみ込んだ。 「先生がまだ大学にいる時分、大変仲の好いいお友達が一人あったのよ。その方かたがちょうど卒業する
少し前に死んだんです。急に死んだんです」
奥さんは私の耳に私語ささやくような小さな声で、「実は変死したんです」といった。それは「どうし て」と聞き返さずにはいられないようないい方であった。
「それっ切りしかいえないのよ。けれどもその事があってから後のちなんです。先生の性質が段々変って
来たのは。なぜその方が死んだのか、私には解らないの。先生にもおそらく解っていないでしょう。けれ どもそれから先生が変って来たと思えば、そう思われない事もないのよ」
「その人の墓ですか、雑司ヶ谷ぞうしがやにあるのは」
「それもいわない事になってるからいいません。しかし人間は親友を一人亡くしただけで、そんなに変化 できるものでしょうか。私はそれが知りたくって堪たまらないんです。だからそこを一つあなたに判断し
て頂きたいと思うの」
私の判断はむしろ否定の方に傾いていた。 私わたくしは私のつらまえた事実の許す限り、奥さんを慰めようとした。奥さんもまたできるだけ私に
よって慰められたそうに見えた。それで二人は同じ問題をいつまでも話し合った。けれども私はもともと
事の大根おおねを攫つかんでいなかった。奥さんの不安も実はそこに漂ただよう薄い雲に似た疑惑から出 て来ていた。事件の真相になると、奥さん自身にも多くは知れていなかった。知れているところでも悉皆
すっかりは私に話す事ができなかった。したがって慰める私も、慰められる奥さんも、共に波に浮いて、
ゆらゆらしていた。ゆらゆらしながら、奥さんはどこまでも手を出して、覚束おぼつかない私の判断に縋 すがり付こうとした。
十時頃ごろになって先生の靴の音が玄関に聞こえた時、奥さんは急に今までのすべてを忘れたように、
前に坐すわっている私をそっちのけにして立ち上がった。そうして格子こうしを開ける先生をほとんど出 合であい頭がしらに迎えた。私は取り残されながら、後あとから奥さんに尾ついて行った。下女げじょだ
けは仮寝うたたねでもしていたとみえて、ついに出て来なかった。
先生はむしろ機嫌がよかった。しかし奥さんの調子はさらによかった。今しがた奥さんの美しい眼のう レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。