>>562
イノベーションについての議論でも似たような話があるね。
革新的な技術が芽吹いてきた後にそれをビジネス化するということと、
革新的な技術そのものを芽吹かせるということは違うのだと。

より確実性が高くビジネスとしての儲けを計算しやすい前者と、
革新の根源そのものとでもいうような不確実性の塊である後者。
よく簡単にイノベーションという一言でまるっとまとめて言われるところだけど、
前者とは異なり後者に予算をつけて動かしていくには「どのようにあるべきか」という
企業の思想が大いに関係してくるんだって。

そうしてやはり革新的技術の種は比較的大きな企業の中に見いだされる。
不確実性を受け止めるにはそれだけの“大きさ”が必要で、
災害の話であれば最たるものは(国際協調を否定するものではないが)
国家だということになるのだろうね。

しかし価値が霧散霧消してしまうような極端な相対化や病的な「合理化」ではなく、
ある程度の実効性ある規範として安定運用していくというのは、
それこそが人間性そのもので人間社会の醍醐味なんだろうけど、
大変なバランス感覚と総合力が必要になってくるんだな。
日本は災害を食べてそのバランス感覚や総合力を養ってきたのだと、
誰かがそういう趣旨のことを言っていたように思うけど、
大石さんなんかはもっと功罪合わせた考察をしてたのだったか、
ともかくいかに危機を統治できるかで人間の力量が問われるのだろう。

だから俺も倉山塾に入信して危機統治の業を学ぼうと思います!