少年時代に笹川に救いの手を差し伸べられたある東京新聞記者の話

「父が働かない。腹を立てた母は私と妹を残して家出してしまった。私は妹を背負い母を探しに町を歩いた。
途中、過労と既に病んでいましたんですね。倒れ浅草の病院に収容された。
それが新聞に載ったんです。その後は、新聞社に就職するまで一切の面倒を笹川さんに見てもらったんですが、
私みたいなの、他にたくさんいました。でも、笹川さんは聞かれなければ何も話さない。
自分から進んで売り込むような人ではないから、世間では誰も知らないんですよ。」

 そういった類の慈善活動は笹川の私財で行われていた