10年前に東京大学の特任教授として採用されたとき、男性はこう思った。
 「任期はあるけれど、まぁ、何とかなるだろう」

 前職は、地方の大学の無期雇用の准教授だった。安定した身分を捨ててまで任期付きの研究室に移ったのは、よりよい環境で研究したかったからだ。

 採用の世話をしてくれた先輩教授からは「成果を出せば、今後、退官する教授の後釜に入ることもできるから」と言われたことを記憶している。

 その言葉を信じて、国の研究費もとり、論文もたくさん書いた。努力が認められ、任期は当初の5年から、さらに5年延びた。

 ところがこの10年の間に、国はあるルールをつくった。

 2013年に改正労働契約法が施行され、研究者の場合、有期雇用の期間が10年を超えると、無期雇用への切りかえを求めることができるようになった。

 昨年、男性は先輩教授から告げられた。
 「僕は残って欲しいんだけど、来年度で契約は終わりだから、ほかの大学に出てくれないか。推薦書は書くから」

 10年での「雇い止め」宣告だった。
 本来は無期雇用を促すための制度なのに。あまりの理不尽さにショックを受け、この件を公表して、社会問題として提起したいと思った。

先輩教授に相談すると、「あなたの立場が悪くなるだけで、何も変わらない。次の就職先にも響く」と止められた。
 この先、どうなるんだろう。
 不安で眠れなくなり、研究どころではなくなった。

 各地の大学や研究機関の公募を探しては、履歴書や研究業績書を送る日々が始まった。その数は25にものぼった。

 だが大学の採用現場の内実を知れば知るほど、打ちのめされた。

https://www.asahi.com/articles/ASQBK55ZNQBKUTFL00V.html