■水が澄む「ハングリーウォーター」現象も発生、6000万人が頼る大河が岐路に

東南アジアのメコン川では、何カ月も前から、漁網にからまりながらふらふらと泳ぐ希少種のイルカ(カワゴンドウ)が目撃されている。彼らの本来の生息地であるカンボジア北部からは遠く離れた場所だ。現在、保護活動家が手遅れになる前に救出しようと計画を練っているが、時間はあまり残されていない。

 カンボジアの民話には、イルカが比喩的な役割で登場することがある。衰弱し、方向を見失ったこのイルカは、まさに進むべき道を見失ったメコン川のようだ。イルカの運命と同様に、メコン川もまた大きな岐路に立たされている。地球上でもとりわけ豊かな生態系を支えている大河が、流域全体で縮小する兆しが強まっているのだ。

 アジアの6カ国にまたがる全長約4200キロのメコン川に危機が迫っているという声は、何年も前から上がっていた。ダムの建設や魚の乱獲、砂の採掘などに、川が永遠に耐えられるわけではないと、人々は危機を訴えてきた。それでもメコン川は、この川に頼って暮らす6000万以上の人々に、多大な恩恵をもたらし続けてきた。(参考記事:「無秩序な砂の採掘でメコンデルタが危機、ベトナム」)

 だが、2019年に事態は悪化し始める。ことの起こりは、5月下旬の雨期に降るはずの雨が降らなかったことだ。一帯を干ばつが襲い、メコン川の水位は過去100年間で最低の水準にまで落ち込んだ。最終的に雨は降ったが、例年のように長くは続かず、干ばつは解消されなかった。

 そしてここ数カ月の間に、奇妙なことが起き始めた。北部の一部の地域で、大河であるはずのメコン川が、チョロチョロと流れる小川ほどに細くなってしまったのだ。川の水は不気味な色に変わり、藻の塊が増え始めた。世界最大規模の内陸漁業を支えてきたメコン川の漁獲量は減り、獲れる魚は他の魚の餌にしかならないほどやせ細っていた。

「長い間、多くの人々を支えてきたこの川が、あらゆる点で限界に来ている兆候が見られます」と話すのは、米ネバダ大学リノ校の魚類生物学者で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーでもあるゼブ・ホーガン氏だ。(参考記事:「世界最大の淡水魚は何か? 新たな有力候補が浮上」)

 数千年にわたって文明を育んできた川に、いったい何が起きているのだろうか。

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