■奇妙な指示を受けるようになった

すると、チャイナ服を着た女が出てきて、陰部に媚薬のようなものを塗られ、何度も手淫で射精させられた。

「あなたが裏切ったらあらゆる犯罪現場にこの精子がバラまかれることになるから。今や日本の犯罪捜査でDNA鑑定の信用性は絶対だ。あなたみたいに前科がある人間の言うことを警察は信用しないから」

それ以来、自宅の郵便ポストに紙片が投げ込まれるようになり、奇妙な指示を受けるようになった。

「あるときは送られてきた郵便物を指定のあった場所に運び、またあるときは車の中で女を見張るだけのこともあった。またあるときはATMで金を引き出したり、夜逃げの手伝いをさせられたこともあった。報酬は1回2万円。自分が何をさせられているのかすら分からなかったが、ヤバイことに片足を突っ込んでいることだけは分かった」

その後、男のマンションに詐欺の被害者だという人物が訪ねてきたり、人相の悪い男たちが玄関ドアを叩き壊そうとする出来事があったので恐ろしくなり、交際相手の女性ができたことから、その女性のアパートに逃げ込んだ。ところがその途端、鎌ケ谷市の事件が起きた。男は「自分はやっていない。その場所に行ったこともない」と訴えた。

■被害者は「この男が犯人に間違いありません」と断定

「きっと犯人は私の精液を陰茎や指に塗って、被害者の膣に押し付けたのでしょう。私は犯人ではありません。真犯人は別にいます。私の精液だけが犯行に使われたのです」

確かに不思議なこともあった。車内から採取された指掌紋は男と一致するものがなかった。車内や空き地の地面から採取した計7個の足跡も、男の家を捜索したときに合致する靴は見つからなかった。直接の証拠は被害者の膣内から男のDNA型と一致する精液が見つかったという一点だけ。犯人が浮上したのも、「ある男から犯行を告白された」というタレコミ電話が警察署にかかってきたのがきっかけだった。

だが、被害者の女性は逮捕後の面通しで、男の顔を見るなり、「この男が犯人に間違いありません」と断定した。車内に指掌紋がなかったのも、男が清涼飲料水を含ませたタオルで拭いていたことが判明。靴は処分したのかもしれないし、男には事件当日のアリバイがなかった。

2016年3月7日、千葉地裁松戸支部は「犯人は被告人である」と断定し、懲役7年を言い渡した。

「被害者が一貫して主張する犯人の特徴と被告人の特徴は一致しており、本件以外に被害者の膣付近に被告人の精液が付着する機会はない。犯人は片手で携帯電話を持ち、もう一方の手で足を持ち上げ、陰茎を膣付近に押し付けたと考えられるが、その際に他人の精液を陰茎の先端に塗るなど極めて不自然で不合理。被告人の主張は信用できない」(衣笠和彦裁判長)

■不妊治療に携わる医師の見解は……

男はこの判決を黙って聞いていた。さぞや不満だろうと思いきや、男は控訴することなく服役した。壮大な作り話だったのだろうか。

ちなみに不妊治療に携わる医師の見解は少しだけ違うのだ。

「よほど計画的に準備すれば、可能だと思います。採取してから試験管等に入れて、常温または冷蔵してあれば、1日以内なら精子は死んでいても検出は可能でしょう。しかし、レイプ現場のように女性が動き回るような状況では無理でしょう。人工授精の場合は、子宮の中に精子を注入するので、医療器具を要しますし、診察台か手術台で医師が行わなければ不可能です」

果たして、弦本被告は最高裁で逆転無罪を勝ち取れるのだろうか。