和歌山市園部の自治会が開いた夏祭りで、カレーにヒ素が混入され、67人が急性ヒ素中毒に陥り、うち4人が亡くなるという凄惨な事件が発生してから、7月25日で20年になる。

容疑者として逮捕、起訴された林真須美(正しい表記は眞須美。当時37歳)は、2009年に最高裁で死刑が確定した。

しかし、彼女は逮捕当時から一貫して容疑を否認しており、有罪の決め手となったヒ素鑑定にも綻びが生じてきている。

(中略)

■ヒ素が「同一である」の意味

警察は、夏祭りの関係者たちの証言を集め、午後0時20分から1時までの40分間、真須美が1人でカレー鍋の見張りをしていたと“特定”し、「真須美以外に、カレーにヒ素を混入することができた人物はいなかった」と結論づけた。

(詳細は割愛するが、関係者たちの証言には、警察の誘導のあとが見られる。また、ヒ素を混入したあとカレーライスが配られるまでの4時間以上、誰も味見をしていないというのは不自然である)

こうした状況証拠に基づいて、12月9日に真須美をカレー事件の容疑で再逮捕したのだが、その後も真須美は頑なに容疑を否認した。

このままでは起訴できないと考えた検察は、東京理科大学理学部応用化学科教授の中井泉に、健治がかつて所持していたドラム缶入りヒ素や、林宅の台所にあったヒ素、事件現場で押収された紙コップに付着していたヒ素等の鑑定を依頼した。

中井は大型放射光施設「スプリング8(SPring-8)」を使って、これらのヒ素が「同一である」という結論を導き、真須美が自宅台所にあったヒ素を紙コップに移し入れて運び、カレー鍋に混入したという検察の筋書きを裏付けた。

しかし中井鑑定の「同一」とは、これらのヒ素が「同一の工場が同一の原料を用いて同一の時期に製造した亜ヒ酸である」という意味に過ぎなかったのである。

当時、ヒ素は白アリ駆除のほか、殺鼠剤や農薬、みかんの減酸剤としても需要があり、和歌山市内だけでも「同一の工場が同一の原料を用いて同一の時期に製造した亜ヒ酸」が、大量に出回っていた。

したがって、中井鑑定を以て、林真須美を犯人と特定することはできないのである。それにも関わらず、真須美は12月29日に起訴され、死刑へのレールに乗せられた。

■事件はまだ終わっていない

真須美の死刑確定後、再審請求を行った弁護団は、蛍光X線分析の第一人者である京都大学大学院工学研究科教授の河合潤に、中井による鑑定書の解説を依頼した。

その後、河合が独自にヒ素の再鑑定を行ったところ、林宅の台所にあったヒ素は不純物が含まれ低濃度であるのに対し、紙コップに付着していたヒ素は75%(亜ヒ酸濃度に換算すると98.7%)と高濃度であることが判明した。

言うまでもなく、低濃度のヒ素を紙コップに移しても、高濃度にはならない。

また、ヒ素を摂取したり接触したりすると、その痕跡が毛髪に残るため、検察は真須美の頭髪の鑑定も行い、有罪の根拠としたのだが、河合はこの鑑定に対しても疑義を唱えている。

弁護団は、2013年2月に、ヒ素鑑定に対する反証を盛り込んだ「再審請求補充書」を、2014年3月には河合によるヒ素の鑑定書を和歌山地裁に提出した。

しかし2017年3月27日、地裁は「(中井鑑定の)証明力が減退したこと自体は否定しがたい」が、「それだけで有罪認定に合理的な疑いが生じるわけではない」とし、再審請求を棄却した。

弁護団は、大阪高裁に即時抗告を行うとともに、ヒ素鑑定を行った中井泉らを相手取り、6500万円の損害賠償を求める民事訴訟を提起した。

民事訴訟は再審への突破口となるのだろうか。それとも林真須美は、このまま大阪拘置所で一生を終えることになるのだろうか。いずれにしても、和歌山カレー事件はまだ終わっていない。

(文中、敬称略)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56582