まるで、SF映画の古典的名作の一つ『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』のような話だ。
違いといえば、肉体を乗っ取られるのが人間ではなく、アリという点である。

 熱帯雨林に生息するオオアリは、ある菌類に肉体をのっとられ、その命令のままに動くという不可解な行動をとる。
通称「ゾンビアリ」と呼ばれるこの行動の謎が、新たな研究によって解明されつつある。

 この寄生性の菌類は、アリの体内に侵入し、宿主を支配する。
やたらにうろつき回る無為な生活を送らせた後、葉や小枝の下側に噛みついたまま死を迎えさせるのだ。
最後には、死んだアリの頭部から子実体を伸ばし、地面に向かって胞子を放出する。
下では何も知らないアリたちがこれを浴びて同じようにゾンビになっていく。

 アリの“マインドコントロール”のようなことを、菌類がどのように行っているのか、正確にはわかっていない。
研究者はこれまで、菌類がアリの脳に直接入り込むのだと考えていた。

 しかし今回、スキャンした標本をコンピューターで3Dモデル化し、さらに人工知能(深層学習)を用いた画像識別技術を使って分析した結果、
タイワンアリタケ(Ophiocordyceps unilateralis)と呼ばれる菌の仲間は、アリの全身に侵入しながらも、脳には全く手をつけていないことがわかった。
その成果を記した論文が11月7日、米国科学アカデミー紀要のオンライン版で発表された。

「動物を操るには、脳を支配する必要があると考えるでしょう」と話すのは、論文の筆頭著者で、
現在スイスのバーゼル大学動物学研究所において博士号取得予定のマリデル・フレデリクセン氏。
「しかし、この菌は脳内には存在しません。外部のどこかから脳を支配しているようです」

論文の共著者である米ペンシルベニア州立大学のデイビッド・ヒューズ氏によれば、
この菌はアリを人形のように操り、筋肉に微調整を加えるものの、脳は無傷で残している。
脳をそのままにしておくのは、宿主を死の間際にほかのアリを感染させられる場所まで連れて行くのに脳が必要だからではないかと彼は推測する。
アリの巣内の環境は菌の成長に適していないため、そこに直接この菌が入り込むことはできない。

「アリが自ら死にに行く場所の条件は、非常に具体的に決まっています」とヒューズ氏は述べる。

 米セントラルフロリダ大学のカリッサ・デ・ベッカー教授は、
今回の発見がアリの体内で何が起こっているのかを解明するヒントになるかもしれないと期待を寄せる。
過去の研究では、昆虫の体内で起こっていることを再現できていなかったからだ。
おそらくこの菌には、アリに取りつかれたような奇妙な行動を起こさせる化合物が隠されているのだろう。
「単に脳組織を破壊するだけでは、こんなことは不可能だろうと思います」

 ヒューズ氏は、今回の調査が将来ほかの菌性の病気や予防の研究に役立つかもしれないと語る。
遺伝学的には、ヒトと菌類のほうが植物と菌類よりも共通点が多いため、ヒトの死因になるものが菌類にとっても死因になる可能性が、
植物に比べて高いのだ。

 デ・ベッカー氏は、人工知能による画像分析を研究に用いた点にも注目している。「これはわくわくするような最新の技術です」

【参考動画】カタツムリを「ゾンビ化」する寄生虫ロイコクロリディウム
カタツムリのゾンビ https://youtu.be/5UJOGTyuCkY

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/111400440/