アラスカ州北東部の沿岸に広がる北極圏国立野生生物保護区(ANWR)の平原には、
多くの野生動物が集まり、先住民の狩場にもなってきた。
だが地下には約77億バレル相当の原油が眠るとされ、問題を引き起こしている。

 米連邦議会がここに面積7万8000平方キロの野生生物保護区を制定した1980年当時、
米国の石油産業は危機に直面していた。需要低迷と余剰生産により、原油価格が下落を続けていたのだ。
そのため、大量の原油が埋蔵されているとみられる約6000平方キロの土地の掘削許可は見送られた。

「私が移り住んだ1970年代初め、ここはまだ保護区ではありませんでした」と語るのは、
生物学者としてアラスカ州漁業狩猟局に勤めた後、
小型機のパイロットとなったパット・ヴァルケンバーグだ。
「今ではこの保護区のことが報道されるたびに、大勢の人が押し寄せます」

 最近、この保護区のことが頻繁に報道されるようになっている。
共和党は40年ほど前から何度も原油掘削の許可を得ようと試みてきたが、昨年ついに、
税制法案のなかに原油掘削の条項を紛れ込ませて成立させたのだ。

 掘削の開始はまだ先になるとみられるが、米国の現政権は、
新法案に定められた2件の鉱区借用権の売買契約を進めようとしている。
アラスカ州政府と連邦政府は、議会予算局が22億ドル(約2400億円)と見積もった借用権の売却益を折半する予定だ。

 消費税や所得税のないアラスカ州は、常に財源を必要としている。
州予算の9割は天然資源産業でまかなわれ、
その大半がアラスカ縦断石油パイプライン(TAPS)で運ばれるノース・スロープ産の原油に対する課税だ。

 2014年に原油価格が下落してから、アラスカ州は数十億ドル規模の財政赤字に苦しんできた。
しかも近年、原油価格が持ち直したにもかかわらず、TAPSで運ばれる原油の量は1988年以降、
着実に減り続けており、将来の見通しをさらに暗くしている。
米エネルギー情報局が2012年に発表した推計によると、今後も原油価格の低迷が続けば、
パイプラインは26年に閉鎖されるという。州内の民間雇用者30万人のうち、3分の1が石油と天然ガス産業に依存しているため、影響は大きい。

 ANWRの西側にあるアラスカ国家石油保留地と周辺の州有地では、すでに原油掘削が認められている。
新たな油田が見つかり、この一帯の掘削可能な原油の埋蔵量は推定87億バレル。
ANWRを10億バレルも上回る。

 アラスカ州の政治家たちは石油を手に入れようと必死のようだが、
米国には現在、アラスカ州以南で掘削されるシェールオイルと天然ガスが潤沢に行き渡っていて、
辺境の原油を掘削しても採算は取れない。
「簡単には答えの出ない、重大な問題です」と、
アラスカ大学アンカレジ校の経済学者ムシン・グタビは語る。
「私たちは誰の利益を最大化しようとしているのでしょう? 米国民の誰もが認める、
この原生自然の価値を考慮していますか? それとも、アラスカ州民の利益だけを追求しているのでしょうか?」

関連ソース画像
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/060100242/ph_thumb.jpg

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/060100242/