コラム
ハリウッド直送便
◆千歳香奈子(ちとせ・かなこ) 1972年札幌生まれ。92年に渡米。96年に日刊スポーツ新聞社アトランタ支局でアトランタ五輪取材をアシスタント。99年6月からロサンゼルスを拠点にハリウッドスターのインタビューや映画情報を取材中。
2018年4月3日17時25分
 戌年の今年、全編にわたって近未来の日本を舞台にした犬が主役のストップモーション・アニメ映画「犬ヶ島」が公開され、話題になっています。今年2月に開催された第68回ベルリン国際映画祭で、
銀熊賞(監督賞)を受賞したウェス・アンダーソン監督がメガホンをとった本作は、犬インフルエンザの大流行によって「犬ヶ島」に追放され、隔離されてしまった愛犬を探す少年アタリとそこで出会った5匹の犬たちの冒険物語。
「グランド・ブタペスト・ホテル」(14年)でアカデミー賞美術賞など4冠に輝いたアンダーソン監督が、アカデミー賞長編アニメーションにノミネートされた「ファンタスティックMr.FOX」(09年)以来となるストップモーション・アニメに挑戦した日本愛にあふれた作品です。

 「グランド・ブタペスト・ホテル」や「ムーンライズ・キングダム」(12年)などで独特の世界感を作りあげてきたアンダーソン監督らしく、
本作でもメガサキという日本の架空の都市を舞台に独創的でユーモア溢れる日本を描いています。日本文化や日本のアート、食べ物が大好きで、黒沢明監督と宮崎駿監督に対して深い敬意を持っていると公言するアンダーソン監督らしく、
本作では浮世絵、相撲、和太鼓、寿司、歌舞伎、俳句、下町の商店街など様々な日本文化が登場します。

 しかし、日本への愛情が感じられる一方で、日本文化の扱いに関して「文化の盗用」であるとし、「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)」議論も起きています。
自分たちの都合の良いようにエキゾチックな文化の一面だけを切り取っただけでその文化を築き上げた人たちを無視しているという意見や犬の隔離政策に反対し、愛犬を探す主人公を手助けするアメリカ人留学生が登場し、
ヒーロー的扱いをしていることへの違和感などもあげられています。さらに、長崎を連想させる都市名にきのこ雲の描写に不快感を示すメディアもあります。言語に関しても、メガサキの市民が話す日本語の会話に字幕がなく、
また、なぜか劇中に登場する犬たちは全て英語を話すことに対し、「自分たちとは違う人である」かのように日本人を描いているとの声も出ています。特にアジア系アメリカ人からは厳しい意見が出ており、
ロサンゼルス・タイムズ紙の批評家ジャスティン・チャン氏は、革新的な作品だと称賛しながらも、映画の中心となる犬は英語を話し、そこに暮らす人々は日本語を話すことで日本人への共感が阻害されていると、言語の扱いに苦言を呈しています。

 他にも、「日本へのオマージュ」であることは理解できるものの、日本を舞台にする必然性が感じられないという意見もありますが、これはあくまで架空の日本の街メガサキが舞台なのであり、
それはウェス・アンダーソンの頭の中にあるアンダーソン・ランドを描いたものだと言っても良いかもしれません。また、犬の視点で描かれている作品なのだから、犬は観客が理解できる英語を話し、
犬は人間が話している言葉が分からないのだから人間が日本語を話すのは演出としてありだという意見もあります。賛否両論はありますが、
相撲一つとってもその描かれ方はとても丁寧で海外作品にありがちな適当な感じがなくて日本愛を感じたという日本人もおり、アンダーソン作品のファンならば見逃せない作品であることは間違いありません。5月25日に日本公開されます。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)
https://www.nikkansports.com/entertainment/column/chitose/news/201804030000350.htm