RealSound2021.02.06
https://realsound.jp/movie/2021/02/post-702761.html

漫画『ブルーピリオド』が、2021年にアニメ化がすることが発表された。美大を目指す高校生の青春を描いた本格美術漫画として人気を博し、「マンガ大賞2020」では大賞を獲得した本作のアニメ化は、高い期待と喜びをもってファンに受け止められた。「美術の世界」を真正面から描いた『ブルーピリオド』の魅力を改めて紐解くとともに、アニメ化で期待される見どころについて考察したい。

要領がよく、それゆえに何にも本気になれずにいた高校生・矢口八虎。だがある時、美術の授業で描いた絵を褒められたことで、何かに夢中になることを知った八虎は、日本一の受験倍率を誇る東京藝術大学を目指すことを決める。それが『ブルーピリオド』の物語の導入だ。

『ブルーピリオド』の最大の特徴と功績は、「美術」、そして「美大受験」という知る人ぞ知る世界に真正面から切り込み、かつそれを多くの人がわかるように解き明かしてみせたことだろう。

物語の最初の八虎のモノローグだ。名作とされ、高い価値をつけられた美術品を見ても、どこが良いのかよくわからない。それは多くの人が感じたことがあることではないだろうか。感覚的で、かつ専門的。「わからないもの」として敬遠されがちな美術という分野について、どうやって漫画でわかりやすく、説得力をもって表現するか。それは、「絵でどこまで表現できるか」への挑戦でもある。

作中では、素人である八虎を相手に、美術部の顧問や予備校の先生などが、基本的なところから美術というものについて解説していく。例えば、平面の絵の中で近い・遠いを表現する遠近法の技術。名画に潜む「いい構図」のセオリー。美術品の鑑賞の仕方。

読み進めていくうち、「感覚的でよくわからないもの」だった美術が意外にロジカルなものであることがわかってくる。セリフだけでなく視覚的なわかりやすさも工夫されていて、実際の学生の絵をキャラクターの作品として使用することで、絵の個性や技術の差、成長度合いなどが素人目にも理解しやすいつくりだ。

自身も藝大出身の作者・山口つばさの構図の巧みさも圧倒的だ。予備校で「わたしの大事なもの」という課題を与えられた八虎。自分を美術の道に導いた人との「縁」について描こうと決めたものの、それをなかなか絵で表現できない。様々なモチーフを試してはダメだしされ、ドツボにはまっていく。散々もがいた末に八虎がたどり着いたのは、「自分にとっての『縁』は金属に似ている」という結論だった。自分なりの答えを掴んだ八虎が、細長い金属片のようなものが飛び交うイメージの中で、キャンバスに向かう姿を描いた見開きページは圧巻だ。

美術的な側面に注目しがちだが、キャラクターの感情の生々しさも『ブルーピリオド』を構成する大きな要素だ。

完全な素人として美大受験を決めた八虎は、圧倒的に上手い予備校の同級生たちと出会い、自分との実力差を思い知って心折れそうになる。少し技術が身につき、上達したと喜んだのもつかの間、絵の『上手さ』は『良さ』ではないと突きつけられる。八虎の前には、これでもかとばかりに壁が立ちはだかってくる。

八虎が、同級生の高橋世田介から「美術じゃなくてもよかったクセに」と言われるシーンがある。要領がよくなんでも人並み以上にできてしまう八虎だが、そのせいで自分の絵に対する想いを軽んじられ、強烈な悔しさを抱いてキャンバスに向かう。

歯をくいしばり、目には涙を浮かべて絵筆を走らせるその絵からは、八虎の怒りと悔しさ、絵に対する熱意がほとばしる。先ほどの「縁」での見開きもそうだが、これらの構図の良さは、一枚絵だからこそ際立つものがある。思わずこのページでめくる手を止め、表情や陰影に見入ってしまうようなパワーがあるのだ。この迫力がアニメで出せるのか、あるいはアニメーションらしさを活かしたアレンジでアプローチするのか、実際の放送で注目したいシーンだ。

八虎だけではない。圧倒的な技術は持っているが、型にはめようとする「受験絵画」に反発する世田介。家族全員藝大一家というプレッシャーを背負う桑名マキなど、それぞれが苦しみ、もがきながら、受験に向けて戦っている。答えのない美術の世界で、「才能」という見えないものに翻弄され、それでも手放せない絵に対するプライドと情熱が彼らに筆を握らせる。読めば読むほどに、『ブルーピリオド』にはクリエイティブの真髄が詰まっている。

アニメ『ブルーピリオド』は、制作会社やキャスト陣などがまだ発表されておらず、どんなものになるか未知だ。だが、漫画が「絵の表現」にチャレンジし続けているように、映像でどれほどの表現ができるのか、アニメーションもその力量が試されることになるだろう(長文の為以下リンク先で)