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2019年08月18日 11時30分

京都市伏見区桃山町因幡のアニメ製作会社「京都アニメーション」(京アニ)第1スタジオが放火され、男女35人が死亡、34人が重軽傷を負った事件は18日、発生から1カ月を迎える。
惨劇の現場から脱出した男性社員が京都新聞社の取材に応じ、瞬時に黒煙と熱風が迫ってきた状況を生々しく語った。
今は、同僚と「ひるまず作り続けよう」と励まし合い、悲しみの中にも前を向き始めた。

7月18日朝、男性は普段通りに出勤し、スタジオの2階で同僚と作画に励んでいた。
突然、1階から女性の悲鳴や言い争うような声が聞こえた。「火事だ!」と叫び声が上がり、バイクのエンジン音のような「ドッドッドッ」という大きな音も響いた。
わずか10秒でらせん階段と屋内階段から猛烈に煙が吹き出し、30秒ほどで「伸ばした手の先が見えないくらい真っ黒になった」。
熱風と排ガスのような異臭も一気に押し寄せてきた。
黒煙で視界が遮られる中、かすかに見える光に向かって、口に手を当て姿勢を低くして進み、必死の思いでベランダまでたどり着いた。
既に飛び降りた同僚から「生きるぞ! 降りろ! まだ助かるよ!」と励まされた。
地面まで4、5メートル。手すりを乗り越えてぶら下がり、転げながら着地した。
周りには気を失った人、服の焼け焦げた人が倒れていた。
腕と腰を負傷し救急搬送されたが、夜には帰宅できた。
ニュースで放火事件だと知った。
第1スタジオのほぼ全社員は消火・避難訓練に参加していたが、「消火器も避難経路も全く役に立たなかった」と振り返る。

第1スタジオは全社員の約半数に当たる70人が働く京アニの中核施設。
日常の風景を繊細なタッチで描く作風に憧れ、全国から集まった若者が原画や動画作成に取り組んでいた。
亡くなった35人のうち8割近くが20〜30代。
男性は「次世代を担うクリエーターとして大切な存在。ライバルであり、仲間であり、家族だった」と唇をかむ。

京アニの重鎮として若手を牽引(けんいん)した監督・作画監督の木上益治(きがみよしじ)さん(61)、人気作品で監督を務めた武本康弘さん(47)ら共に京アニの発展を支えてきた同僚も犠牲になった。
「僕の家でよくゲーム大会をした。酒を飲んで夜中まで騒いでね」
取材に対応する理由は、「僕が話すことで、次に助かる命があれば」との思いがあるからという。
今は仕事に復帰し、生き残った同僚と新作の製作に励む。
「仕事で手を動かす方が気が晴れる。皆、同じ気持ちでは」とおもんぱかる。
「容疑者に対抗する一番の手段は、ひるまずに作ること。従来通りの作品を従来通りのクオリティーで作っていきたい」。
自らを奮い立たせるように語った。

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事件から1カ月を迎えても多くの人が訪れる京都アニメーションの第1スタジオ