産経抄 6月19日

 昭和の名棋士、藤沢秀行さんといえば、酒、ギャンブル、女性関係なんでもござれの豪快な生き方で知られた。囲碁を通じて政界にも交友関係を広げていた。
なかでも親しかったのが、ロッキード事件で田中角栄元首相の逮捕を許可した稲葉修元法相だった。

 ▼わずか4子のハンディで秀行さんと打っていた稲葉さんは、かなりの棋力である。ただ秀行さんによれば「いつも貧乏して、選挙にも弱かった」。
一度選挙の応援を頼まれたものの、酔っ払って何をしゃべったか覚えていない。「かえって票を減らしたのではないかと心配になった」と著書で振り返っている。

 ▼河井案里容疑者(46)が初当選した昨年の参院選は、正反対の「金満選挙」だった。夫で前法相の衆院議員、克行容疑者(57)とともに、地元の広島県議ら約100人に現金を配ったとして、公選法違反(買収)の疑いで逮捕された。
県議らの多くは、数万から数十万円を受け取ったと認めている。夫妻には自民党本部から1億5千万円が提供されていた。

 ▼法相は普段、内閣でも目立たない存在だ。ただひとたび政界を揺るがす事件が起これば、稲葉さんのように脚光を浴びてきた。そんな法務行政のトップを経験した議員が妻とともに逮捕されるとは、前代未聞である。

 ▼夫妻は自民党を離党したものの、議員の座にはしがみついたままだ。2人で4千万円近い歳費を受け取りながら、何をやっているのか。「週刊文春」は、案里容疑者が本会議の最中に小説の構想を練っている様子を写真でとらえていた。

 ▼「不要不急」の国会議員の存在があらためて確認できたことが、今回の事件の唯一の効用といえる。「国会議員をどんどん減らすべきだ」。これが稲葉さんの持論だった。