産経抄 6月28日

 「とかく日本人は椅子に座りたがり過ぎる」。映画監督の故大島渚さんが、平成7年に雑誌に寄稿したエッセーで指摘していた。立食パーティーでさえ壁際にずらりと椅子が並んでいる、とあきれている。

 ▼長い間の畳の生活から、椅子の生活になってまだ歳月がたっておらず、一人で立っていることに慣れていない。これが大島さんの推論だった。実際、日本人が座っている時間は、世界でトップクラスだとするデータがある。

 ▼昨日の生活面の記事で、紹介されていた。確かに、多くの日本人が職場のデスクで長時間、パソコンに向かい合っている。帰宅してリモコンでテレビをつければ、座りっぱなし。昔のようにチャンネルを変えるために、立ち上がる必要もない。

 ▼座りすぎが、健康にどのように影響するのか。初めて医学雑誌に研究報告が載ったのは、1950年代である。
ロンドンの2階建てバスの運転手と車掌を比較したところ、心臓病による死亡リスクは運転手の方が高かった。もっとも当時は、両者の消費エネルギーの違いが着目されていた(『「座りすぎ」が寿命を縮める』岡浩一朗著)。

 ▼近年では、座りすぎ自体が、健康に悪影響を及ぼすことがわかってきた。糖尿病、脳血管疾患、がん、認知症などに罹患(りかん)するリスクが高まるとの研究結果もある。
社員の健康維持のために、立ったまま仕事ができるデスクを導入したり、座りすぎない社内ルールを作ったり、一部の企業では取り組みが進んでいる。

 ▼もっとも、大島さんは日本人の健康を考えて、座りすぎを問題にしたのではない。「ダンディという言葉を聞いて、立っている男を思い浮かべるか、椅子に座っている奴を思い浮かべるか、いうまでもなく前者だろう」