産経抄 6月27日

 「梅雨が好きなわけではないが、なんとなく落ち着かない」。24日付小紙大阪版夕刊のコラムは、少雨が続く空の異変をいぶかっていた。
それを打ち消すように、梅雨前線がようやく北上してきた。気象庁は昨日、九州北部と四国、中国、近畿の梅雨入りを発表した。

 ▼いずれの地域でも、もっとも遅い記録だという。やっかいなことに、早すぎる台風まで連れてきたようだ。西日本に上陸すれば、大雨と強風、高波に厳重な警戒が必要である。
台風と梅雨前線の組み合わせは、過去に何度も甚大な被害を引き起こしてきた。

 ▼日本に住んでいるたいていの人は「梅雨が好きなわけではない」。今年2月に96歳で亡くなった日本文学者のドナルド・キーンさんは違った。
「桜の咲く季節、新緑、紅葉の季節」を差し置いても、「梅雨の季節に最も心惹(ひ)かれる」とエッセーに書いている。もちろん「大災害をもたらすような雨は嫌い」とのただし書きつきだが。

 ▼「時により過ぐれば民の嘆きなり 八大龍王雨やめたまへ」。水害を心配する季節になると思い出す一首である。鎌倉幕府3代将軍、源実朝が、建暦元(1211)年に詠んだとされる。
法華経に登場する八種の龍王のなかには、雨をつかさどる水神も含まれていた。農耕に欠かせない雨だが、洪水となれば民の苦しみとなる。雨を止めてください、と水神に祈りをささげている。

 ▼キーンさんは、26歳の若さで暗殺された悲劇の将軍を歌人としてはあまり評価していない。「将軍としての生活ぶりが歌からまったくうかがわれない」からだ(『日本文学史』)。

 ▼しかし、この歌からは為政者としての気概がほとばしってくる。梅雨空の大阪に集まる各国の指導者たちも、見習ってほしいものだ