産経抄 6月26日

 2008年のノーベル賞は、物理学賞と化学賞で日本人4人受賞の快挙に沸いた。実は医学・生理学賞も注目の的だった。仏パスツール研究所のリュック・モンタニエ博士の受賞で、フランスと米国の威信のかかった長年の論争に決着がついたからだ。

 ▼モンタニエ博士と米国立がん研究所のロバート・ギャロ博士による、エイズウイルス(HIV)発見をめぐる先陣争いは、特許紛争にも発展する。シラク仏首相とレーガン米大統領が調停に乗り出す騒ぎにまでなっていた。

 ▼2年前のコラムでうれしいニュースを取り上げた。約77万〜12万6千年前の地質時代が、「チバニアン(千葉時代)」と名付けられる可能性が高まっていた。
地球は誕生してから、何度も地磁気の南北逆転を繰り返してきた。千葉県市原市の地層には、約77万年前に最後に逆転した痕跡が残っている。
日本の地名由来の名前が刻まれるのは、もちろん初めてである。研究グループは、国際機関に申請して審査を待つばかりだった。

 ▼そこへ思わぬ横やりが入った。申請に反対する男性が地層に隣接した土地の賃借権をとり、審査を妨害する挙に出た。
「データの捏造(ねつぞう)」を主張している。市原市では対抗措置として、研究目的のための立ち入りを保障する条例を制定する構えである。争いの行方は予断を許さない。

 ▼「チバニアン」命名に向けて、国際機関の審査委員長は、「科学的な問題はない」との立場である。なんとか円満解決の道はないものか。

 ▼横浜市でエイズの国際会議が開かれた際、モンタニエ博士とギャロ博士は、恩讐(おんしゅう)を超えてエイズ撲滅のために協力する姿勢を見せていた。まだ謎の多い地磁気のメカニズムの解明が、研究グループの本来の使命のはずである。