産経抄 3月31日

 女優の檀ふみさんは、甥(おい)が中学生だった頃に英語の家庭教師を引き受けた。ある日の授業で問題を出してみた。「エレガントは何の意味?」。甥は考え込んでいる。「私の姿を、日本語で上手に表すとしたら?」。

 ▼ヒントを出す檀さんに、甥は叫んだ。「象だ」。阿川弘之さんが昔日のエッセーに書き留めている。エレガント(上品な)とエレファント(象)。甥との仲がその後どうなったかはともかく、つづりの長い英単語を覚えるのに、これほど愉快な挿話を他に知らない。

 ▼中学で習う「elephant」は、幼い子供でも親しみやすい単語だろう。英語は来年4月から小学5、6年生の正式教科になる。教科書には600〜700語の単語が盛り込まれそうだと聞く。漢字だけでも約1千字を習うから、小学生も忙しい時代になった。

 ▼新学習指導要領の狙いは「聞く、話す、読む、書く」をバランスよく学ばせ、使える英語を身につけてもらうことだという。訪日外国人が急激に増えたいま、早くから英語に体を慣らすのは時代の要請だろう。さりとて国語を下に置き、ないがしろにされても困る。

 ▼日本語は相手との距離を測る言葉とされる。尊敬語や謙譲語を通し、人は社会での自分の立ち位置を知る。
外国語を学ぶことは、日本と異なるルールが世界各地にあるのを知ること。子供たちには他者を理解する第一歩として、英語の扉を開いてほしいものである。

 ▼学び方にも、人それぞれの歩幅があっていい。俵万智さんが幼いわが子に詠んだ一首を思い出す。〈RとL聞き分けられぬ耳でよし/日本語をまずおまえに贈る〉。
エレガントの意味を覚える前に、日本人であることを誇れるような子供を育てる。教育とは、そういうものだろう。