産経抄 3月29日

 ペンタゴン(五角形)の通称で知られる米国防総省の一角に「ネット・アセスメント(総合戦略評価)局」がある。スタッフはわずか20人ほど。

 ▼この小さなオフィスで、米国の長期的な軍事戦略が組み立てられてきた。ニクソン政権下の1973年に初代局長として就任したのが、アンドリュー・マーシャル氏である。以来2015年に93歳で引退するまで42年間、同じポストにとどまった。

 ▼冷戦中は、ソ連経済に占める軍事負担の分析から、早くからその弱体化を見抜いていたことで知られる。ソ連崩壊後に、視線を向けたのは中国である。歴史や文化から人民解放軍の軍事力まであらゆるデータを集めて研究してきた。

 ▼「強大化した中国は南シナ海を支配する」「朝鮮半島で南北和平協定締結」「米軍は韓国と日本から撤退する」。
マーシャル氏が主催する研究会が1999年に、2025年のアジア情勢を予測している。刺激的な内容が当時話題になったものだが、今となっては大いにあり得るシナリオである。

 ▼歴代大統領と国防長官の相談役を長年務めながら、出世には関心がなかった。本人の書いたものの多くは機密扱いとなっており、メディアの取材にも応じない。
ついたあだ名が「ペンタゴンのヨーダ」。SF映画「スター・ウォーズ」に登場する、銀河のすべてを知り尽くした賢者に見立てられた。昨日、日本のいくつかの新聞に訃報が届いていた。

 ▼「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり」。西郷隆盛の言葉である。
そんな人こそ、ともに国家の大事業を進められるとも。「手柄を気にしなければ、人間はいくらでも優れたことを成し遂げられる」。これが「伝説の軍略家」の口癖だったという。