3月8日(木)朝日新聞東京版朝刊文化面・東日本大震災7年

作家 桐野夏生さん   高まる閉塞感 弱者への圧力に

日本は、繰り返し天災に見舞われてきた国です。天災が起きるたびに、人々は他人の
悲しみへの想像力を育み、人間存在を見つめてきた。阪神・淡路大震災でも、
「痛みと悼み」をもって、立ち上がろうとする人の姿はあった。だが、東日本大震災は、
過去の天災とは決定的に異なる。それは、原発事故です。

私たちは、それまで依存してきたシステムが崩壊する瞬間を目撃しましたし、
取り返しがつかないのではと怯えました。事故はまだ終息せず、故郷に帰れない人も
大勢います。

震災後に日本を覆っているのは、前向きな気持ちを挫く閉塞感だと思います。
エネルギー政策への懐疑や、人災としての責任追及が出てくるのは当然なのに、それを
抑え込もうとする力が働いている。「国民」「国益」「反日」などの言葉が多用される
ようになって、国家への従属が強要されている。

人々の側にも、「この国を立て直すためには、国を批判すべきではない」という
雰囲気が生まれて、いつになく同調圧力が強まっている。その圧縮されたエネルギーは、
女性や子ども、福祉の受益者、外国人など、弱い人たちに向かって噴出しているように
思います。

震災直後に連載を始め、日本の動きと同時進行で書き進めた「バラカ」では、弱者への
暴力がばらまかれ、政府の監視と統制が強まる社会を描きました。想像で書きましたが、
いまの状況を見ると、そうとも言い切れません。

社会は息苦しさを増しています。「物書き」として、表現への圧力が強まることを
おそれています。女性や圧迫された人たちが、怒りを露わにしなければと思います。