10月11日(水)朝日新聞東京版夕刊文化面・思考のプリズム

小野正嗣(芥川賞作家)   苦境にある他者の場所は 映し出された「無関心」

少し前のことだが、9月1日の午後6時台のNHK首都圏ニュースを見ていて衝撃を受けた。

群馬県の大泉町で職務質問されたベトナム人男性が逃げ出した。
留学生として来日した彼はビザが切れたあと不法滞在で摘発されたこともある。
難民認定を申請し、仮放免となるが、定期的に入国管理局に出頭する義務を果たさず、
居場所不明となっていた。

逃げ出す際、彼は警察官の腕に嚙みついた。無免許運転も判明。でも凶悪犯罪の容疑者ではない。
冒頭から4分もかけて報じるべき重大なニュースなのだろうか。
翌朝7時のNHKニュースでも約1分報じられた。
身柄を確保された彼は、「無免許でオーバーステイだったので怖くて逃げた」と言ったという。

怖かった、というのは実感であろう。
彼を目撃した男性が「むしろ怯えている感じ」とインタビューに答えていた。
報道によれば、逃げたときベトナム人男性は上半身裸で左手には手錠をはめられ、裸足だったという。
何があったのか? 彼は何をされたのか? それについての言及はなかった。

  (続く)