『■そして米内海相は、8月15日の午前一時半との異常な時間に、近衛内閣に「支那軍の暴戻るを膺懲して
以て南京政府の反省を促すため断固たる措置をとる」という
帝国声明を発表させ、8月14日深夜11時30分に、賀屋航空隊(台湾 台北基地)と
木更津航空隊(長崎 大村基地)に対して「明早朝発進 それぞれ南昌 南京を空襲せよ』

『■とゆう命令が出されたことからして、8月15日に決行を予定していた海軍の南京渡洋爆撃に
大義名分を与えるシナリオであったと考えれば、 米内海相が「海軍としては必要なだけはやる考えである」
と激昂いてまで強硬論を主張して声明を発表させるために焦燥したことに合点がいく』

『■37年9月に開催された臨時帝国議会で海軍は海軍航空部隊のこの華中・華南の航空戦闘実績を強調して、
念願の航空兵力を拡充するための予算を要求して、海軍臨時軍事費四億円が認められ
「軍艦ではなく飛行機で」予算獲得に成功した。
さらに38年度予算では、海軍臨時軍事費が前年度の約3倍近い増額となった。』


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