岡田有希子を語るスレッド 66
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関係者の何人かが鬼籍に入ったので、逆にタブーがなくなりつつある。 その記者会見の動画がどこにあるのか分からないので。。。 ビキニのグラビア撮影する度に、沢山の男が自分の巨乳をオカズにして
自慰行為をする事は承知していたと思うけど、それはユッコにとっては
優越感に浸れる事だったのか、それともおぞましい事だったのか、仕事と
割り切っていたから気にならなかったのか? 嫌だったに決まっているだろう。本人はバスト小さめに公表してたから。 >8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/23(木) 20:29:00 聞くところによると、意外に知られていない情報だが、昭和61年3月21日に有希
>子は峰岸徹と密会をしてたらしい。深夜「スタア」の試写会にいたと言われて
>いるんだが、そこで峰岸徹が「スタア誕生」の話をするというのが引っ掛かる
>よね、峰岸徹にとっては3/21が「スタア」の試写会。岡田有希子にとってはそ
>の日がアルバム『ヴィーナス誕生』の発売日と重なる。
>しかも、その前日、3月20日に堀越学園から特別に卒業証書を渡されている。
>さらに、3月22日、フジテレビ?『第6回紅白そっくり大賞』(たぶん死後86/
> 4月放送)に出演している。その時、様子が変なんですよ。
>なんか泣いているような、こう、手を耳にあて下を向いてる場面もあるし、コ
> メントも泣きたいのをこらえてるようなかんじの場面もある。表面上ではにこ
> やかですが。歌のときでもいつもとは違う。
> 手を耳に当て直立で歌っているという奇妙な感じがする。
>となると、考えられるとしたら、86年3月20日に特別に卒業証書を渡され、そ
>の祝いか何かで峰岸徹と次の日に密会をする。しかし、その翌日、22日の表情
>を見てみるとやや暗い。そうなると、21日に本当に密会をしてたのなら、そこ
> で何か異変が起きているはずだ。
>4月7日の夜からの彼女の行動も、成城の峰岸徹の自宅へ行っていたという話も
> あるし、21日に密会をしてたら辻褄が合うよね。
>ま、しかし、峰岸徹のインタビューを聞いていると、岡田有希子が「頭がおか
> しいんじゃないか」とは言えないので、「感情の起伏に波があった」という表
> 現をしているんじゃないかとも思うしね。岡田有希子は峰岸徹には比較的男っ
> ぽく接してたかもしれないね。峰岸徹も「わりとアニキっぽいな」と感じたか
> もしれないし、緊張して話せないような間柄ではなかったみたいだよね。
>でもさ、峰岸徹も本当に自分に責任があるのなら結婚はできないと思うし、そ.
> れでも結婚するんだったら彼はものすごく残酷な男なのだろう。
>9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/23(木) 21:10:55
>↑たしかに、死後直後のインタビューで峰岸はまいったな〜みたいな感じで苦笑いしてたな
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/8-9 >26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/25(土) 02:29:18
>>>2は禁じられたマリコ撮影現場の写真。
> 当時の週刊誌によれば、撮影現場から峰岸徹はジャガーで社長宅まで送った。
> 地理的には撮影現場から社長宅の間に峰岸の自宅がある。
>いつもマネジャーと付きっきりの岡田有希子には珍しく、この時、峰岸と二人だけの時間があった。
> 峰岸も記者会見でこれを認めているし、加えて食事もしたと言っている。
> 岡田有希子が門限を破って社長に怒られていたのはこの時だろうか。
>それにしても、あの悲惨な自殺後、峰岸の他人事のようなあの態度はいったい何なんだろう。
> 相手は未成年であるし、娘を持つ一社会人として説明責任を果たしていないと思います。
> 誰か注意する人はいないのでしょうか。
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/26 >110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/28(火) 03:02:06
>>>26 5年ぐらい前、番組中に安岡力也さんが峰岸徹を脅かしていました。
> 峰岸はブチ切れしていました。
>この時、峰岸は岡田有希子の物まねをするときにする仕草をしていました。
>それは突然で、前後の脈絡もなく、意味不明でした。
> 置かれている立場からして、人間として最低だと思います。
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/110 >>345
手を耳に当てる仕草は統合失調の患者が幻聴が聴こえてる時にやる仕草と似てるね。
ドットーレ山口医師も精神科医でなくてもそれぐらい知ってるんじゃない。 >115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/28(火) 19:39:22
> 1986年5月の中旬に朝のワイドショー(TBS)で峰岸徹独占会見がありました。
> 岡田有希子の自殺についてのテレビでの会見は自殺当日と、この時の2回だけだったと思います。
> 女性インタビュアーの岡田有希子とはどんな関係ですかという問いに、峰岸徹は、
> 鼻でフン(ほんとにフンと言った)とバカにしたような笑いを浮かべて「おならを我慢する程度の仲」と答えていました。
>この時の会見も自殺当日同様、中身のない寂しいものでした。
>この時の最後の映像は、峰岸徹が背中を向けて立ち去って行き、そしてこちら(カメラ)に振り向き、
> 「言えないこともあるしね」と言ったのです。この台詞が最後でした。。
> 峰岸徹が岡田有希子の肩を抱いて歩く微笑ましい写真がありますが、この時、岡田有希子の
>血まみれの脳みそが転がり出た悲惨な写真が巷に出回っている時に、この冷たい態度にはとても驚きました。
>116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/28(火) 20:37:42
>やっぱ人格ゼロなんだな峰岸は・・・
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/115-116 峰岸は49日後に取材を受けると言って、取材を受けてないと言われているけど
一応、5月中旬ぐらいには会見を受けていたんだな。
あと、中野という芸能記者も取材していた。 >126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/07(金) 01:36:53
>岡田有希子の心情で、唯一、真相隠蔽派以外のルートから流れたのは、友人から提出され女性誌に掲載されたメモでした。上の写真にある いいお友達でいよう 以降のものと同じです。
>しかし、女性誌のでは "これからもいいお友達でいよう お嬢ちゃん"でした。
>この違いのからくりは何ですか。
>それにプレイボーイのでは左に引用符がありません。
> 女性誌にはそれ以外に「私を捨てないでください」「あなたは卑怯だ」があり、いいお友達でいようの上の文章はありませんでした。
> 上の文章とはどこで繋がっているのでしょうか。
> 遺書の内容についても真相隠蔽派を介したのしかなく、メモの内容とは開きがありすぎます。
>メモの方が自殺に至る理由として、理解しやすいのです。
>127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/07(金) 01:39:29
>追記 メモの相手は峰岸徹です。
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/126-127 >128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/09(日) 02:46:23
>http://www3.big.or.jp/~moo/yukko/img/img-box/img12.jpg
>http://www3.big.or.jp/~moo/yukko/img/img-box/img6.jpg
>禁じられたマリコ撮影現場での峰岸徹とのツーショット
>http://www3.big.or.jp/~moo/yukko/img/img-box/img10.jpg
>からの引用 顔写真はPTSD
>「死の一週間前、いつものように彼女の出待ちをしていたファンに接したとき、
>普段より口数が少なく、あの笑顔もありませんでした。
>声をかけても終始うなずくだけでしたが、帰り際にファンのほうを振り向き
>『これからもずっと私のことを応援してくださいね』と何かを確認するかのように
>小さい声で囁き、車に乗り込んでいきました」。
>この一言がファンに発した最後の言葉となってしまったわけだが、「今思えば、
>このときすでに死を決意していたのではないかと。今まで自分を応援してくれたファンに
>最後の挨拶として、死んでもずっとわすれないでという意味が込められているような
>気がしてなりません。
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/128 >135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 03:47:36
>>132の写真週刊誌フォーカスからの引用
>遺書の宛先は、少女が主演したドラマ、「禁じられたマリコ」で
>共演した、男優・峰岸徹(42)である。
>結婚歴アリ、子供アリ、今年1月から同棲中の愛人アリ。
>女性とのつき合いに関していえば、
>24歳も年下の少女が「あこがれ」るには、いささか危険過ぎる、
>手練手管の持ち主といわれている。
>中年・峰岸はいう(7ページの右上)。
>「仕事を通してのつき合いで、食事をしたり、
>帰りに送ってあげたりする仲。
>仕事上のグチを電話してきたりもしていた。
>彼女が大人の歌うバラードを歌いたいっていったので、
>ボクがそのバラードに詞をつけてやろうといったこともありました。
>まあ、ボクにすればいい兄貴のつもりだったんですが、
>不用意な優しさが、必要以上に彼女の気持をボクに
>向けさせたのかもしれません」
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/135 >136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/22(土) 02:10:33
>もう相当昔のことですが、さんま御殿に峰岸徹が出ていたときがありました。
> 話の流れで、「死についてどう考えますか」というのをさんまが峰岸にふったのです。
> 間違いなく、さんまがプロデューサーかディレクターにでも指示されたのでしょう。
> 峰岸は「おれか」と腕を組んで答え、何か得意げな感じでした。
>その峰岸の後ろの方には岡田という名字の男性タレントがいたのです。
> 番組の意図はわかります。
>あのさんまも峰岸に関わりたくないのか、突っ込みなく、完全に流していました。
>こういう倫理観の欠如した、テレビ局の番組作りには疑問を感じます。
> 岡田有希子のみならず、後追い自殺の遺族が見たらどう思うでしょうか。
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/136 >163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 01:45:16
>禁じられたマリコの収録終了が1986年1月中旬。
>2月の頭には一人暮らしがしたいと言いだし、そのときすでに顔がむくんでいたとのこと。
>その後、自殺を臭わす発言があり。
> 母親の手記にも最後に会った自殺3日前、様子が変だったとある。
>そしてマンションに引っ越して3、4日後に自殺。
>自殺直前、峰岸徹宅に電話していたという情報あり。
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/ >266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/09(金) 17:01:10
>遺書、日記を総括すると、だまされたと。
> 社長も言っていたけど、処女取られた。
> 体をもてあそぶことだけが目的だったと告発して自殺です。
>あと加えて変態プレーの線もあり得る。
> 有名芸能人カップルの離婚のとき、男が性器を撮影する趣味があるのが原因とか、
> 週刊誌で取り上げられていたこともあったし。
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/266 >493 :ローカルルール議論中@自治スレへ:2006/07/23(日) 04:53:50
>相澤秀禎「スターづくり40年の“つもる話”」1 岡田有希子
>サンミュージックをつくった当時30代後半だった僕も今年75歳です。
>よい区切りだと思い、昨年の創立記念日後の12月1日、社長を息子に譲り、
> 僕は会長に退きました。
> 40年近くを振り返ると、悲喜こもごもの思い出が頭をよぎるが、岡田有希子
>の自殺はこれ以上ないショックでしたね。
> 彼女がわが社のビルの屋上から身を投げたのは、デビューして2年、わが家
>から通っていた高校も卒業し、独立し一人住まいを始めた5日後のことでした。
> 今だから言えるが、おそらく無垢(むく)な体だったでしょう。
>それが初めて一人の男性(峰岸徹)に恋をして身も心も委ねたが、彼は遊びだった
>んですね。他に女性がいた。
> 実は僕は自殺する前夜の有希子の行動をすべて把握しているんです。というのも、
> 彼女が前夜使ったタクシーの運転手が、僕に報告してくれたから。
>それによると、彼女は成城に住む峰岸の自宅前で一晩、一人寂しく過ごしていた。
>そして朝5時頃、タクシーを拾い、東京駅の八重洲口に向かっている。
> 彼女は泣いていたそうです。
> 八重洲口の手前で車を降りた彼女はそれから、一人住まいのマンションに帰った。
>でも、諦めきれなかったんでしょう。自宅でガスで自殺を図った後、連絡を受けた
> ウチのマネジャーに会社に連れてこられた。
>その知らせを受けた僕が会社に戻るまでの間に、屋上から飛び降りてしまったのです。
>これも当時は明言しませんでしたが、実は彼女は一冊の日記風のノートを残している
> んです。事件後、僕もそれを読みました。
>その日記には相手の峰岸の名前ももちろん、彼女がうれしくて喜ぶさま、真綿で首を
>絞められるような心情が克明につづられていた。
> 最後の「さようなら」の言葉は遺書のようでした。ノートは今も会社の金庫に眠っています。
>【2005年3月7日掲載】(日刊ゲンダイ)
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/493 >534 :ローカルルール議論中@自治スレへ:2006/07/27(木) 02:18:54
>自殺前日のロッキー4試写会時のポスターを背景にした岡田有希子の写真を週刊誌で見ました。
>その中でカラーで何枚か並んでいるのはとても直視できるものではありませんでした。
>その表情はとても悲惨で、今風にいえばPTSDです。
>このとき、公衆電話で岡田有希子が峰岸徹宅に電話していたという友人談話がありました。
>また、その後、最後の岡田有希子目撃談も峰岸徹宅近くでのタクシーです。
>自殺直前に峰岸徹宅に電話があったという情報もあるくらいです。
>遺書やメモを周到に準備し、その行動には自分がなんで自殺するのかを何か必死に周りに伝えようとしていた感があります。
https://human5.5ch.net/test/read.cgi/uwasa/1140622439/534 >>357
まずもって、遺族に手渡された遺書の内容と社長の話の内容とが全くと言っていいほど違うんだよね。
これはなぜなのか。まったくもって異常な不可解なことだ。
社長は岡田さんの自宅マンションから遺書でもない、日記でもない、”一冊の日記風ノート”を見つけたと言って、
「そのノートを読んで彼女の自殺の真相が分かりました」といっていたが、それならその有希子さんのノートは
即、遺族に手渡さなくてはならないはずだ。
しかし、なぜか社長は遺族には返還せず事務所に保管し続け、そして雑誌のインタビューには口頭だけで色々と
岡田さんの自死についての詳細を語っていて、かなり際どいことまで話をしていたみたいだから、そこまで話したのなら、
もうその有希子さんのノートは遺族に返してもいいはずだ。いや、返さなくてはいけないでしょう。
ノートは事務所の金庫に保管して、一切、公にはせず口頭で色々と彼女の自殺について、峰岸、峰岸と語っているだけ。
盛んに峰岸、峰岸と煙幕を張って、遺族に教えられない、とても世間には公表など出来ない、なんかとんでもないことが
そのノートに書かれてあったのではないかと言われてもしょうがない。
故社長から本当の真相を聞き出そうとした記者などもいたそうだが、社長は最後まで口を割らなかったという記事もあった。
社長の証言を裏付けるそのノートを遺族に返せばいいだけではないですか。証拠のノートが公になっても社長の話と符合するだけで何ら問題はないのではないか。
それとも、知られたくない本当の真相がノートには書かれてあったのか。
ノートを遺族に返せば本当に真相がスッキリと分かるのではないか。
とにかく、有希子さんのノートなのだから、遺族に返さなければいけないですよね。 >>359
初めて一人の男性(峰岸徹)に恋をして身も心も委ねたが、彼は遊びだった
>んですね。他に女性がいた。
こんなこと言ってたの ? >>360
分からないね
情報はいろいろだからね
彼女をそっとしてあげてほしいんだけどね >>360
日刊ゲンダイの2005年に出た記事らしい。その当時は全く興味なかったので知らない。それも、今から15年も前の話。
グーグったら、その当時の記事はもうないけど、
2ちゃんでは、それに関しての話題になているスレが多く出てきているので、
日刊ゲンダイでは、そう語ったのであろう。 ゴンN山の奥さんが、そのドラマでユッコやM岸と共演していて、まさに、その撮影現場を見ている。
そこでユッコと一緒に「M岸さんって素敵よね」と言っていたらしい。まあ、当時、二人とも18歳だからな、世間を知らんよな。
ちなみに、ユッコが人生の最後に電話した芸能人が彼女であり、ユッコがM岸に女がいることを知って、
ショックを受けてたのを聞いた可能性がある。
だから、彼女はこの話題をふられると「もう昔の事なので忘れた」って言っている、ずっとね。忘れたいんだろう。
その彼女が、爆報!THEフライデーのユッコ特集に出演した時も「もう昔の事なので覚えていないんです」と涙ぐんでいたな。
その彼女がM岸の記者会見のVを見て険しい表情をしていたからな。
https://www.bilibili.com/video/BV1XW411Z7qi?from=search&seid=7225565253553184552 >>355
>2月の頭には一人暮らしがしたいと言いだし、そのときすでに顔がむくんでいたとのこと。
>その後、自殺を臭わす発言があり。
これを読むと峰岸とは関係ない、全く違う理由で岡田は自殺したのかもということになるね >>363
>だから、彼女はこの話題をふられると「もう昔の事なので忘れた」って言っている、ずっとね。忘れたいんだろう。
いや単純に忘れたんだろう。 >>334
日記の解釈?
自分の娘の有希子さんの遺書の内容のことをお母さんはそのまま書いたんだぜ
遺書だよ
手記の出版?
「愛をください」1988年7月1日朝日出版という本にお母さんが手記を寄稿したんだよ
意見なんて割れてないよ
出版社と遺族とできちんと話し合って決めたことだよ
だいたい意見が割れるも割れないも、遺書は一つではないですか。ご自分の娘さんの遺書についてそっくりそのまま書かれただけですよ
お母さんは、「べつに誰あてというのでもない。先立つ不幸をお許しくださいというような遺書にふさわしい言葉もありませんでした」
「あの子の性格からして、もしあれが遺書であるなら、必ず、先に死ぬのごめんなさい、とか一言でも書いているはずです。」
とおっしゃってますよ
あなたはお母さんが嘘を言っているとでもいうのですか?
それと、日記に関しては、当時の月刊誌にすべて掲載していますよ
本には手記の他に岡田さんの未公開の絵画や詩、日記をすべて収録してあります
遺族の手元にあるのは、有希子さんの遺書と日記です
社長の話していた有希子さんの自宅マンションから見つかったとされる゙日記風ノードは事務所に保管されていて未だにご遺族に返されてはいません。
ついでにもう一つ。
>>328
岡田さんは自分のことをうつ病とは言ってはいないですよ
自分の性格について「躁鬱の激しい情緒不安定な子」とは日記に書いていたり言ってたようです。このことは周りの人たちも知っていたこと
岡田さんは精神科にはかかっていませんから、病気があったかどうかは分かってはいませんよ
なぜあなたは嘘を書くのですか >>366
日記風ノートと遺書モドキは別なのか
そっちの方が不思議 M岸から口説いたのではなくて、ユッコから逆ナンパだったんだから、ユッコの自業自得。
向こうから獲物がやってきてくれたら、大多数の男が欲望を抑えられない。
例え、M岸に出わなくても、遅かれ早かれ、別の遊び人のオジサンを好きになって
こういう運命になっていたと思われ。 自分で望んだ夢とはいえ、社長の家に下宿しながら、睡眠時間も満足に
とれないぐらいの超過密スケジュールを課されて、ビキニグラビアで
不特定多数の男にオッパイ見せて中学生からオカズにされて。
そんな日々を送る中、ドラマの撮影現場で優しく接してくれたり、車で
下宿まで送り届けてくれる峰岸さんを好きになるのは必然だったのかも。
自動車学校の指導員がモテるという「吊り橋効果」みたいなものも
あったのかも知れない。
サンミュージックも管理が甘かったね。ちゃんとマネージャーに監視
させるなり、事務所で送迎車を用意するなりしていれば、防げたかも
知れないのに。大切なドル箱アイドルを、最悪の形で失ってしまった。 サンミュージックは、とことん甘い事務所らしいから。
社長(先代の父親も現代の息子の両方とも)の人柄が良いと言われているけど、逆に他者から舐められているんだよ。
強面の事務所なら、ガードが固くて、そんな失態を起こしにくい。
ベッキー騒動の時もそうだろう。
だいたい、31歳(ベッキー)の女性がバンドマン(ゲスの川谷)に一目ぼれってw
しかも、そのバンドマンの男の身辺調査(既婚かどうか)もせず。。。
中学生なら分かるけど、31歳の女がだよw どういう管理体制と教育をしているのか。。。
大事なドル箱タレントだったら、ちゃんと管理しておけよ。 ユッコは可哀想だと思うけど、結局は彼女の性格的な欠陥が最悪の事態を引き起こしたと思える。
真面目で努力家だけど、我が強くて、融通が利かない性格。
勉強できたけど、それは記憶力が良かっただけだろう。
表面的なところしか目がいかずに、物事の裏側を見抜く能力がない。
だから、安易に芸能界とアイドルに憧れ、実際になってみたら、思ってたと違っていた。
ドラマで共演したお父さんくらいの俳優に憧れ、でも実際に、所詮は遊び人の俳優だった。 峰岸てそんな女癖が悪かったかね?
峰岸の女問題の報道て他に聞いたこないな
女優と結婚して離婚した後に一般人と一緒になったんだろ
1986年の時点で前妻の女優との間にもうけた娘もいたし
その娘も今では40歳前後になってんだろ M岸に限らず、昔の俳優って、そんなやつ多いだろう。一部の俳優仲間から陰口を叩かれていたみたいだし。
樋〇可〇子とも噂になったらしい、本当のところは分からんが。。。
最初の嫁は12歳年下、次の嫁が16歳年下なので、ずっと年下が好きなんだな。
でも、ユッコは24歳年下で未成年だったから、それまでとは別格的な若さだな。 年下の女性が好きなのもあるけど、年下の女性から好かれるタイプ
だったんだろうね。ユッコはルックスと身体は極上だったから
セックスフレンドにはなりえるけど、精神的には年相応だったから
恋愛対象にはなりえなかった、という事かな。 ユッコは手足短くてスタイルも良くない。ノーメイクの顔は田舎臭い顔。団子鼻だし。
唯一、胸だけ大きい。 不釣り合いに大きかったね。しかも、ウエストはくびれていて細かった。 ユッコは人気絶頂と言われているけど、同時期で見たら、
菊池桃子とかのほうが人気あったし、おニャン子クラブの子たちのほうが人気あった。
サンミュージックによるごり押しでオリコン上位になるように買い支えされていると噂されていた。
そういう意味でタレントとしての人気に限界があった。 ゴンの嫁が険しい顔をしていたのが全てだな。
自分もユッコと一緒に「M岸さん素敵ね」と言っていたもんだから、責任感じていると思われ。
その黒い現場の近くにいたもんだから、覚えていないことにしていたい。 ゴンの嫁さんもその時は18歳なので、当然、世間を知らない。
でも、ユッコの件を見ていたので、その教訓か、
自分は1学年下の口数の多いゴンと結婚したのが、なんともw
M岸と全く違うタイプだもんな。 >>370
>>372
'68年の創業時から芸能事務所「サンミュージック」を牽引し、現在は同社の名誉顧問を務める福田時雄氏は、自らが発掘、育成に関わった桜田淳子をスキャンダルから遠ざけるために、こんな手段をとった。
「桜田淳子の場合は、ウチの所属になったときはまだ中学2年生でしたが、デビュー前から輝いていた。アイドルは誘惑も多いので大変です。
僕は女性マネジャーを付けて、『淳子を守り通せ』と厳命しましたね。行きも帰りも淳子を家の玄関まで送り届けろ、地方へ行ったときは二人でツインの部屋に泊まれ、と言いました。
当時に比べると、今の芸能界のマネジャーとタレントの関係はドライというか、プライバシーを尊重していますね。
2017.09.24
https://gendai.ismed...icles/-/52830?page=2 >>386
水谷麻里は直ぐに漫画家と一緒になったね。
岡田有希子の件もあって事務所も緩くなったのかな?
桜田淳子は事務所が側が男から遠避けすぎて男がいなかったから姉?に紹介されて入信した宗教に男を紹介されてしまいましたからね。 ユッコも女性マネージャーつけて強い監視下に置いていたけど
それでも、その監視網の綻びをM岸に狙われたからな。
ちなみに、晩年のM岸は再婚した2番目の嫁に
新しい男が出来て逃げられ、バツ2になって、最後は末期がん発覚ですぐに死去した。
たぶん、人間性に問題があるんだろう。切れやすかったみたいだしな、親しくなると。 >>349
「おならを我慢する程度の仲」
もし本当にこう言ったのなら、ひどい男だな。
「アイツが自殺したせいで、こっちは好奇の目に晒されて迷惑千万だ」
という被害者意識があったのかも知れないが、インタビューで言う事
ではない。 事件から2か月後の中野記者とのインタビューでは
「俺はロリコンではない」 >>388
峰岸徹さんは離婚後はずっと独身だったようですよ
wikiによると、峰岸徹さんは1977年に結婚され83年に離婚とありその後の記載はありませんからずっと独身だったのではないでしょうか
当時、婚約者がいたそうですが再婚はされなかったようです
その他の記事にも独身とはありますね >>391
そんなことはない。事件があったので、挙式を遅らせて、再婚したとニュースにあった。
あと、晩年には、二番目の奥さんが他の好きな男の人が出きて逃げられたとテレビで告白していたという
書き込みを見た。
よって、間違いなく、再婚はしたけど、相手は一般人だからね。 とにかく、M岸には嘘の情報を出回りやすい。
なぜ、やつを無理にかばうような書き込みが出るのかな?何か、裏のきな臭いを感じる。
やつのせいで全くの無関係の人の都市伝説が出回って、その人たちには大きな迷惑が出たりした。
ユッコ自死事件は、いろんな意味で不可解なことが多すぎるんだよ。
サンの社長と専務で見解が対立していたしな。 >>387
水谷真理さんの場合は事務所も知っていて周囲公認の真剣交際でありましたよね
日本は信仰の自由を憲法で認めていますよ >>393
検索して調べただけですが再婚とはなかったですが >>393
書き込みは決して鵜呑みにしてはいけないと思います
記事やブログもそこに証拠があるかどうか、証拠がない話しは妄想になります
どこで誰が言ったことなのか、出典が求められ証拠があって初めて推理は出来ると思います 記事やブログもそこに根拠や証拠があるかどうかですよね ユッコのお母さんの著書にも、ユッコの自死のおかげで
M岸は挙式が数か月?(夏だったかな?)遅れたと書いてあるから、挙式はしたのであろう。 芸能界は汚れをして平気でいられる人間しかやれない世界
高級コンパニオンと同じ。
芸能人の枕営業の噂!衝撃32選【アイドル・女優・モデル等】【2020最新版】
https://rank1-media.com/I0000485 >>400
嘘書くなよお前
峰岸の挙式が数か月遅れたなんて書かれてないよ
それにお母さんは本に手記を寄稿されただけだよ
お母さんが書いた本じゃないよ それにしても嘘が多いね、やっぱ5ちゃんは便所の落書きか・・・無責任で酷すぎる酷い
嘘だらけ >>403
すまん、岡田さんの子供のころからの写真や絵画、詩、日記なども提供してるな >>402
朝日新聞や野党の国会モリカケサクラ疑惑と同じ。
言いがかりをするだけで、実際はどうなのかも検証することなく、
そう見えてくる現象。 >>401
これヤバすぎる
「噂」と言っても名誉棄損は成立ことすら知らんの?本当に真実であっても原則は成立だし
こんなの例外的正当化事由も全くないよ グーグったら、再婚予定の女性とは破局したのか??
何が本当の情報かどうか分からん。 ユッコの事件は、サンミュージックが日記を隠したから、いろんな情報が錯綜しているんだよな。
佐藤家が保管している日記は、ジサツするよりも、ずっと前に書かれた日記。
ジサツ直前まで書いていた日記のほうは、事務所が保管している。
よって、そっちの日記は、M岸はクロの可能性高いのでは?
だからこそ、再婚予定の女性との結婚も亡くなった?のかな。 >>407
サイトへのクレームはこちらへどうぞ
https://rank1-media.com/inquiry
その他、週刊誌などにも枕記事は度々掲載されるけど
名誉棄損で事務所が動かないのは
記者が何らかの確証を掴んでるからでないの >>412
だから名誉棄損は事実の真偽は問わないんだよ クレームなんて俺は関係ないどうでもいいし
ただ名誉棄損だよと事実を指摘しているだけだ アホか お前えがそう言うなら
誰でも見れるサイトが有るのが可笑しいだろ
はいはいクレームはサイトへどうぞ 噂はどうでもいいが上原美優の自殺だけはどうも下せんな。
書いたと言う遺書も何だかなあ
あれは自分の意志でなく脅されて無理に書かされたメッセージだったのかとも勘ぐってしまうな。 調べたら
なるほど、そういう事か。
【実は、この遺書を専門家が解読した結果、上原さんのものではなく別人のものだということが分かりました。
また、上原さんの出身地には壁面にメモ書きと同じ文字が刻印されている事が発覚し、自殺とは何の関係もないということでした。
それでは上原美優さんが書いたと思われた遺書は誰のものでしょう?その正体は、漫画家である赤星たみこのお父様の遺書であったことがわかりました。】
https://www.hachi8.me/euehara-miyu-truth-of-suicide/ 上〇美憂の自死に関しては、真っ黒な裏がありそうで、怖いな。
というか、ここはユッコに関するスレなので、ユッコの話をしよう。 >>418
どうした?名誉棄損で動くじゃないの?
示談屋君 >>422
こういう馬鹿
震えて待ってろ
こっちゃ他人事や お前の心配をして糞してろw グーグったら、M岸は最初の公の会見で
また後に話すとか言って、その後、何も語っていないという記事をよく目にするのだが、
更にグーグったら、その後も、何度か取材をうけたりして、何度か話しているんだな。
実際にテレビでも喋ったり。。。芸能記者のインタビュー受けたり。。。
結局、真相が分からないので、M岸を処罰しようがないが、
その後も、ファンに脅されたり、白い目で見られたり、本人は精神的にまいってたのかね。。。 これかあ峰岸徹がレイプ殺人鬼で出演したドラマ
当時、パッとテレビを点けたらそのドラマで峰岸が法廷で
裁判官にでもあの女、腰を使ったぜというセリフをいっていたなあ。
40年の歴史に終止符…女優たちが彩った「土曜ワイド劇場」傑作選!(1)樋口可南子が挑んだ幻の名作
https://www.excite.co.jp/news/article/Asagei_76888/?p=2 >>401
枕は世界中の芸能界や映画界で言われてる罠 ユッコの死はあまりにも突然過ぎるものでした。なんて身勝手なの?というのが正直な思いで、心臓をナイフで突き刺されるかの様な感覚は今でも変わりません。 1986-04-08没の岡田有希子の魂が今の時代に生まれ変わっているとしたら、
1986-06-25生まれの松浦亜弥(34)、
1986-10-01生まれの高橋愛(33)、
1986-10-01生まれの神田沙也加(33)、
1987-05-07生まれの紺野あさ美(33)、etc・・・
松田聖子の娘として生まれ変わっていたら、ちょっと面白いな。 >>430
イイカゲンに、その都市伝説は止めておけ。
K田M樹説は。。。
これ書いた雑誌の記者は、、後で名誉棄損で謝罪しているんだよ、当時は。
にもかかわらず、未だに、そのガセネタは宙に彷徨っている。 >>428
30数年経って今更故人を責める方が身勝手じゃないか? あんなぁ、アイツの声で耳腐るねん、いつまでアイツの動画挙げてんねん、YouTubeのアホ共。いい加減にしとけよ。 色っぽい雌豚。永遠のアイドル?他のアイドルに失礼。 86年(昭和61年)4月6日。生前最後のコンサート。
「いつかスキューバダイビングをやりたい」だと。
サメに喰われてしまえばいい。 スーパーマラドーナ
「落ち武者の霊を見た」
田中: 即死やったん?
即死や。
1986.4.8
午前12時15分。
岡田有希子、合掌。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています