道場ブログ  高森
>勿論、だからと言って、男系主義の歴史的な意義を全否定し、
>排外主義的かつ原理主義的に“からごころ”を糾弾するつもりはない。
>ただ、シナ男系主義の影響下に生まれたものを、
>あたかも我が国固有の「伝統」のように錯覚して、
>皇室の存続そのものを危うくしてまで「死守」しようとする考え方には、首を傾げる。

また「シナ男系主義論」か。
では高森に2つほど質問したい。
一.シナ男系主義が日本に入ってきたのは、いつ頃の出来事だったのか?
二.シナ男系主義は日本の一般社会には定着しなかったのに、
なぜ朝廷・皇室にだけは定着し、千年以上も残ったのか?
「皇統の男系継承はシナから伝わった因習だ」と断言するのなら、
この2点において、納得のいく答えと説明をしてほしい。

小林が西部と別れて以降、
高森が小林のブレーン役を務めているらしいけど、
この体たらくでは、高森では力不足だったと言わざるを得ないね。