=== 赤星証言の問題点まとめ ===

赤星が、「14日に獅子山にいた」とする下記は、明らかに史料と食い違っている。

 ◇第六師団歩兵第十三連隊の二等兵であった赤星義雄もまた、そうした目撃者の一人である。赤星は十二月十
 四日、獅子山を下って揚子江岸に降りた時に、現場の惨状を目撃しているのである。

 揚子江岸は普通の波止場同様、船の発着場であったが、そこに立って揚子江の流れを見た時、何と、信じられな
 いような光景が広がっていた。


下記資料より、「14日」の南京城内における日本軍配置が確認できる。赤星がいた第十三連隊の区域は漢中路の手
前まで、獅子山方面は、第十六師団第三十三連隊の担当区域だった。

 http://www.howitzer.jp/topics/box4/05.pdf
 ◇14日に、獅子山区域を担当していたのは、第16師団第33連隊(33i)。
 ◇14日に、赤星がいた第13連隊(13i)は、城内南部「漢中路」手前(P238-239)


そして、14日夕方からは、赤星がいた第13連隊(13i)は、中華門すぐそばで警戒態勢となっている。

 http://www.howitzer.jp/topics/box4/05.pdf
 ◇14日夕方は、赤星がいた第13連隊(13i)は、中華門すぐそばで警戒態勢
 ◇この時、第六師団本部は、更に南方の「安徳門」で警戒態勢(P233)


また、赤星は、14日獅子山に行った際、「敵の姿はなかった」と証言しているが、実際には相当数の敗残兵が潜伏中で、
第十六師団第三十三連隊が掃討戦の最中だった。