>>323
私は学会三世で在日本大韓民国人三世です。
あなたの言われる「対照実験が怖くて出来ない」は的を射てると思います。
生まれた時から学会社会を見続けて来ましたが、実存についての考察を
拒絶する体質を観察してきました。安易に原理主義に逃げ込むと簡略して言えるのですが
某教学部長は私の理屈っぽい問いに対して彼なりの理論武装をして語りました。

ハイデッカーの「ニーチェ」の第ニ講「同一物の永劫回帰」を還元させ、彼は言いました。
「ニーチェは次の言葉で信仰を定義している。」
「信仰とは何か?それはいかに生じるのか?信仰とはすべて、1つの一真と一見なす事だ」と
(彼の引用元は「意志」第15番1887です)

しかしその教学部長は誤読をしています。ニーチェの「同一物の永劫回帰」の中の
「回帰説の成立」と「悲劇が始まる」を理解していないので、論証に物理的数学的論証を
求める事をハイデッカーは激しく考察している部分があるのですが、読んでいない以上
哲学的帰結自体を身勝手な還元論として語ってしまっているのです。
その教学部長はまだ、こういう話しが出来るだけマシではありますが
実存に関しての観察と考察の排除は末端学会員にまで共通する思考行動原理です。
ややこしい話になってすみません。が、コレが学会員が持つ正常性バイアスの重要な根源だと言いたいが為に書かせて頂きました。
そして具体的に分かりやすい事例は学会員は法華経を理解していませんし、また読んだことすら無い学会員も多くいます。
DA PUMPの新曲を聴いたこともパフォーマンスも見た事が無い癖に、DA PUMPを批判するような物です。