>>225
もうちょっと説明を試みると、「安国論」ワードで
御書検索をして、出てきた御書を日付順に並べると、
1260文応元年から、文永五年1268年までの八年間には、
「安国論」ワードが存在しません。

1260年7月 立正安国論を幕府に提出、ただし原本が存在しない。 
1261・・・
62・・・
63・・・
64・・・八年間、安国論についての記述がない
65・・・
66・・・
67・・・
1268年1月18日 蒙古より国書届く。
・・・
同4月5日 安国論御勘由来←これが「安国論」幕府提出話の初出
・・・
1269年 立正安国論の控えが成立←これが現存する最古の安国論。


※文応元年の安国論の幕府提出原本だけが、地図の飛び地みたいに、
八年ものかなり長い間,孤立してんだよね、
逆に1268年以降は毎年のように安国論と幕府提出の記述が
多数あらわれる…。

それでも1260文応元年に幕府に提出したとされる、
原本が存在してれば、それなりの説得力があるかもしらんが、
でもなぜか明治の初めに、身延の書庫蔵火災で焼失したと
説明されてるけど、ホントに現物が存在したかどうかが
今となっては証明できず、そこが逆に日蓮教に好都合なのかも…。