日蓮って ver.44
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前スレ日蓮って ver.43
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1510541794/
「日蓮って」過去ログ
http://hyakkimaru.nukenin.jp/
創価学会の教義と日蓮仏法について、真面目に語るスレッドです。
創価学会擁護の論客もふるってご参加下さい。
コテハン推奨。sage推奨。「荒らし」は無視で。
スレが荒れる原因になりますので、暴言や挑発、嘲笑、語尾のwwwはNGです。
スレ違いの話題はほどほどにして下さい。
初心者の方も教義についての質問があればお気軽に書きこんでください。 >>224
統合する能力を失調しているのではないか。 いやいや
ヘロデ王がナザレのイエスを殉教者にしてしまったが故に
キリスト教が広まったのと同じように
日蓮も殉教者として信仰の対象になってしまったのでは無いか?と言いたかっただけ
連合赤軍浅間山荘事件も1人も殺さずに、殉教者を絶対作らない事を第一義とした。
殉教者が出れば信者やシンパの結束力は強くなるからな。
オウムもダッカ事件も殉教者を出さなかった。
麻原が死刑執行されないのもそういう理由からだ。 日蓮は転向して、
勤行でなく湯治で腹を治そうと
旅の途中で死亡。
殉教とは言えない。むしろ背教。
勤行に効果がないことを教祖が認定。
殉教したのは熱原の三烈士。
日蓮も六老僧も殉教などしていない。
犠牲になるのは常に日蓮の教義を鵜呑みにした信者。
それが日蓮教の鉄板の法則。 https://genshu.nichiren.or.jp/genshu-web-tools/media.php?file=/media/shoho41-07.pdf&type=G&prt=1208
現在国宝に指定されている立正安国論は、日蓮死後4年の時点で裏にされて
本朝文粋が書写され、既に第二十四紙は無かった。
殉教というより、日蓮というインチキ予言者が宗教的に消されたという意味じゃないのか。 日蓮が相手にされなかったから未だに立正安国論に基づく政治とか言ってる
くるくるぱ〜がいるのだろう。
埋蔵金で全てうまくいくと言ってた人達みたいに実際にやらせてみれば消えて無くなる。 >>228さん
一応は仏説に温室洗浴衆僧経というものがあるようですけども、
日蓮がもしも湯治で延命をしてしまったら洒落にもなりませんしね。
結局のところ、、、晩年の日蓮には少なからず心の変化があったのは確かですね(法華経ごっこ、やぁ〜めた!)みたいな。
もし私でしたら、八かん地獄のような身延よりは温泉地を選ぶのは当然ですが、
せっかくに築いてきたはずの大塔を自ら壊すような、
または自ら頸を斬ったような日蓮ではなかったと思いたいのですがねw 波木井殿御報(日興代筆)には何事もなく池上に着きました
病のため花押はナシと書いてあるけど
蒙古が撃退されてしまったので身延で首を吊ったとかだったりしてな
法華経に首を捧げて実現力のある身に生まれ変わりたいと
願ってたようだから >>104 日蓮の思想が殺された
日蓮が一番信頼していた2人の弟子により 八尾市で一戸建て不動産物件をお探しなら【浪速建設株式会社】にお任せください。三重 評判 アパマンショップ八尾店 浪速建設様の見解と致しましては 任意売却からすま相談室 烏丸リアルマネジメント株式会社 大阪営業所
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■ 岸本晃 が 偽造名刺で女騙して参加するのは許されるのか 婚活エクシオ シャンクレール常連 http://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/sousai/1525759457/l50
スキン常路のやり方が大嫌い たや やっぱり、なんで身延では日蓮の成仏祈願をしてたのか
誰が日蓮(の思想?)を殺したのか、そこがポイント
http://gachinbow.hatenablog.com/?page=1472857200
「一、板本尊 本尊は祖師の御筆を写すか、下添え書きは第三祖向師の筆なり、下添え書きに云く、
正安二年庚十二月日右日蓮幽霊成仏得道乃至法界衆生平等利益の為に敬って之を造立す」
(身延山久遠寺諸堂建立記・日蓮宗宗学全書22、56頁)
「日向の添書に『正安二年庚子十二月日。右日蓮幽霊成仏得道乃至法界衆生平等利益の為に之を
造立す』とある丈二尺七寸、幅一尺八寸の大聖人の御筆を写した板本尊」
(堀日亨の著書『富士日興上人詳伝(下)』p120〜p121より) >>237
要は弟子ですら日蓮が成仏・得道していないと思ってたわけだ。 日蓮正宗法華講総講頭であり、創価学会の最高指導者である池田大作
付け加えますと
池田大作は、日蓮正宗の信者の最上位・ナンバー1の職である「日蓮正宗法華講総頭」に、1964〜1979年と1984〜1990年の、通算21年間就いていました。
1979〜1983年は日蓮正宗法華講名誉総講頭でした。
1965年に任命したのは66世細井日達、1984年に任命したのは67世阿部日顕でした。
北条浩、秋谷栄之助、森田一哉、小泉隆、白木薫次、森田悌二、青木亨、辻武寿、和泉覚ら創価学会の古参最高幹部たちも1990年までは日蓮正宗法華講大講頭(ナンバー2)の職にありました。(あるいは歴任していました)
彼らの生みの親・育ての親・本家本元は日蓮正宗であり、今でも根本の本尊・教義・信仰活動などは日蓮正宗とほとんど同じです。現在でも日蓮正宗も創価学会も、違いはありません。 日蓮正宗の実態は、とんでもないカルト教団を次々と生産し世に送り出してくる、インチキ宗教です。
日蓮正宗は、創価学会や顕正会の本家本元であり、親元であるばかりでなく、現在もまた新たなカルト教団・妙観講を生産している、
まさにカルト宗教問題の本家本元というべきものです。
創価学会問題、顕正会問題、カルト宗教問題に斬り込んでいくには、日蓮正宗問題に斬り込んでいく必要があります。
日蓮正宗から生れてくるカルト教団というものは、偶発的に生れてきたのではなく、日蓮正宗総本山大石寺・日蓮正宗法主が陣頭指揮をして生産しているものです。
さらにこの日蓮正宗という宗教は、室町時代の法主が偽造した「本門戒壇の大御本尊」なる名のニセ板本尊や「二箇の相承書」「日興跡条条事」といった後世に偽造されたニセ文書を「日蓮から代々の法主が相伝した」などと欺瞞して自分たちを正統化し、
信者を騙して毎年のように数十億円もの供養金を搾り取っている、伝統仏教の仮面をかぶった、とんでもないインチキ宗教であり、悪質な宗教詐欺です。
さらに日蓮正宗・創価学会・顕正会…といった教団に所属・信仰している信者が引き起こす犯罪・事件が後を絶ちません。これらの教団そのもの、ないし教団の指導者たちが、教義的・ドグマ的・宗教活動的に反社会的体質を持っていることと決して無関係ではありません。
創価学会、顕正会、正信会、妙観講、法華講…などのカルト教団の生みの親、育ての親であり、本家本元である日蓮正宗を徹底的に批判し、追及・糾弾していくべきです。 宮崎英修氏が著述の日蓮辞典では、御講聞書(おんこうききがき)は、
「本書は日向に仮託した後世の成立である。その内容、御義口伝よりやや素朴であるが、
現実絶対肯定の観心主義に偏重してると見られ、あるいは一致派における成立かとも考えられてる。」
と、このような見解がなされているようですね。
”法界衆生平等利益の為”にって、偽書をお互いに造るはめになるわけでしょうが、結局は利益にならないものとなってしまうのでしょうね。 >>241
>宮崎英修氏が著述の日蓮辞典では、御講聞書(おんこうききがき)は、
日蓮辞典なんてあるのかw あんたも好きねえw >>228
>日蓮は転向して、
勤行でなく湯治で腹を治そうと
旅の途中で死亡。
確か日蓮の母親は、日蓮の祈祷で、生き返り、寿命を延ばしたはずでは?
>>229
>殉教したのは熱原の三烈士。
日蓮も六老僧も殉教などしていない。
小松原の法難は、殉教したのは、必死に日蓮を庇った弟子の鏡忍房と信者の工藤義隆。
熱原に至っては、当事者?の弟子の日秀、日弁は、房総に逃げていたのでは?
>>237
正宗は、その日向作の板本尊を証拠?に、戒壇の大御本尊の真実性?を主張するらしいが? https://kodokunopennginn.amebaownd.com/
創価公明の人々のための画像掲示板作ってみました、なんとなくですけど<改Tバージョン> 日蓮正宗なんコント劇団なんだから、日蓮のお化けが怖くて身延から逃げ出したでもいいね。
何百キロもある板は日興が乗って富士まで飛んだことにしよう。 >>240
>本家本元である日蓮正宗を徹底的に批判し、追及・糾弾していくべきです。
実害がないのならば放置しておけば良いと思いますね。 >>243
>>確か日蓮の母親は、日蓮の祈祷で、生き返り、寿命を延ばしたはずでは?
とても信じられないです。根拠は?
仮にあったとしても、プラセボ(偽薬)効果のようなものでしょう。
日蓮でなくても、信じ込んでしまえば、ある程度の効果はあるかもしれません。
例えば麻原彰晃の残り湯でも。 可延定業御書に母親の病気を治して寿命を4年延ばしたとある
日蓮は女をバカにしてたんだろう、女信者への手紙では平気で
デタラメを言う。 >>246
実害があるから批判しようという主旨なのだよ。 >>241
新曽妙顕寺の日向記は埼玉県の重要文化財に指定されているのだが
hideが突撃したら鑑定すら行っていないと認めたんだってさ。
日蓮宗でも偽書だと言ってるそうだ。
http://bukkyoshugakukenkyukai.doorblog.jp/archives/34425943.html 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:f2c519fe5384e767e1c9e99abdcfc293) >>249
なぜ、自分の命は延ばせなかったんでしょう? >>252さん
https://www.city.toda.saitama.jp/site/bunkazai/kyo-syogaigaku-prop-bokuseki.html
日向記もさることながら、、、子安曼荼羅も紹介しているようですよ。
>“このときの安産のお守りは、後世の女人のためにと、「子安まんだら」といわれ、大切にまつられることになりました”
と1271年(文永8年)のことのようですが、その本尊は日蓮自筆による1279年(弘安2年)だとも、、あらっややこしやw
http://juhoukai.la.coocan.jp/mandara/067.html
時系列が私にはさっぱりです? 大石寺の板には若惱乱者頭破七分有供養者福過十号が無いけど
弘安2年10月の子安曼荼羅にはあるという
お万の方のおかげで安産寺として大繁盛、日蓮の歯を所蔵する妙法華寺が
有名になるとどこからともなく御肉牙が!という怪談 御講聞書
自弘安元年三月十九日連連御講至同三年五月二十八日也仍記之畢
日向記之
御義口伝巻上
弘安元年戊寅正月一日 執 筆 日 興
御義口伝巻下
弘安元年戊寅正月一日 執 筆 日 興
偽書同士で比べてみると、建治4年2月29日に改元されたんだけど
弘安元年戊寅正月一日しか書かないところが
コント芸人としてのプライドなんだと考えるしかない(たぶん) >>258
徐氏の科註も先取り
時空を超越するのが正宗系カルトだからw >>261
信者は、文献を曲解しかできないもの。
「人は臨終の時地獄に墮つる者は黒色なる上、其の身重き事千引の石の如し。善人
は設ひ七尺八尺の女人なれども、色黒色なれども、臨終に色變じて白色となる。又
輕き事鵞毛の如し、やわらかなる事兜羅綿の如し」'(千日尼御前御返事)
今まで棺をたくさんかついできたけれど、千引の石の重さや鵞毛のような軽さなど
感じたことはないもの。普通で考えれば棺桶もかついだことがないのかと思う。
非科学的もいいところ。
「不殺生戒と申すは一切の諸戒の中の第一なり・・是くの如き重戒なれども法華経の
敵に成れば此れを害する(殺すこと)は第一の功徳と説き給うなり」(秋元御書)
こうなると殺人教唆。 鎌倉期の人々が賢明にも日蓮を相手にしなかったから良かったものの、今ならオウム化してたかも知れんな。 「青年よ、仏敵を打ち砕け。 学会迫害の悪人は厳罰で野たれ死ぬまで攻め抜け」
正当なタックルじゃないよね。こんな指示する者は除名処分すべきものなのですがね。 >>262
この殺人教唆的部分はチベット密教ドルジェタク派と同じだね。
オウムのポアもドルジェタク派や中沢大先生の
虹の階梯や、チベットのモーツァルトの影響下にあるんだけど
日本の大乗仏教はガンダーラを周りシルクロードから 中国経由だと聞くけど
このドルジェタクやアサシン教団のような思想は 何に由来するのだろうか?
元はサンユッタニカーヤやマハーパリニッバーナを歪曲したって事?
釈尊は自殺自体は悪い事では無いと言っていたが
それをおかしな拡大解釈してしまったのかな? >>266
またお前か。まあ、そう無い袖を必死に振り振りシッタカ道に邁進するなよ。
みっともない。 >>267
たまにはパーリ語経典も読んでみなさいよ >>269
アーナンダ「目覚めた方はこう言われた、、、、」
お前仏教に興味あるんだったら、もう少し真剣に勉強しろよ >>270
何だそりゃ。内容を割愛してどうする?
で何て言ったって? >何だそりゃ。内容を割愛してどうする?
あーあ、、、、
レトリックも理解出来ない奴
お前仏教に向いてないよw ダイヤモンド社刊 リン・マクタガード著の『パワー・オブ・エイト』という本によると、祈りには相対的に効果があるらしい。日蓮が母親を延命させたのも、法華経の功力ではなく日蓮自身の祈りの効力だといえるかもしれない。
また、祈りの効果は自分にも起きるとのことだ。 >>275
これか?
「ボランティア」がインタネット経由で回答したのを分析しても
「釈尊が言ってた」と変わらんということ
パワー・オブ・エイト――最新科学でわかった「意識」が起こす奇跡
世界中に数万人のボランティアを募り、インターネット経由で実施された、人間の
意識や意志が物質に及ぼす影響についての検証実験の結果を、科学者とともに
客観的に分析した一冊。前例のない大規模な実験である、世界100カ国以上
数万人もの参加者の意識の集中によって起こった奇跡の全容を余さず公開した貴重な内容です。 インターネットの参加者は、意識を送っただけ。
その送った意識に効果が相対的に効果があったことを示した内容。
但し、意識を送ったインターネット参加者に至福感があったとの内容もある。 意識が物質に影響を及ぼすといえば、挨拶すると水の結晶が変化する!
水にも心があるとかいうトンデモ本を何度も国会で取り上げて、国の予算で
調査しろってうざかった公明党の議員がいたな。
安倍ちゃんの嫁もブログでその本(水からの伝言)の著者を先生先生って
崇拝してて、大丈夫なのかこの人はと思ったが、案の定w >>278
いくら公明党でもそこまでデムパな議員がいたとは。 安倍ちゃんの嫁のブログは削除されてるけど、国家愛議事録
検索してみたんだけど、こっちも出てこないな
安倍昭恵のスマイルトーク : 江本勝先生より
https://togetter.com/li/381122
江本先生の研究によると水はすべての情報を記憶するそうです。
明日、31日正午、福島原発の水に愛と感謝を送って下さい。
たとえ離れた場所からであっても、その想いは必ず届き水は記憶します。
そのことによって事態が少しでも好転すればいい・・・。 ”もりかけ”って言葉を発したらどんな結晶ができるんだろうね?
流れて消えるかw >>280
水に感受性も記憶力もあるなら福島の水は癒えることのない残酷なトラウマに苦悶しているだろう。 日蓮が母親の寿命を延ばしたと法螺を吹いたのは
女信者にそう言えばもっと稼げるかもしれないと思った。
それだけのことだろ? >>284
母親の寿命をのばせるぐらいだったったら、
どうして自分の病気ぐらい治せなかったんでしょうね? 日蓮は何故に、祈りによって自分の病気を治せなかったのか?。
『報恩抄』に、
但し疑ひ念ふことあり。目連尊者は扶けんとをもいしかども母の青提女は餓鬼道に堕ちぬ。大覚世尊の御子なれども善星比丘は阿鼻地獄へ堕ちぬ。これは力のまゝすくはんとをぼせども自業自得果のへんはすくひがたし。
とありますが、日蓮の「痩せ病」は自業自得果であったので治せなかったのでしょう。では、その「自業」とは何か?。『四条金吾釈迦仏供養事』に、
先生に法華経の行者をあだみたりけるが今生にむく(報)ふなるべし。此の事は如何なる山中海上にてものがれがたし。不軽菩薩の杖木の責めも、目蓮尊者の竹杖に殺されしも是なり
とあるように、過去世に法華経の行者を仇した事でありましょう。 【オフィス・マサル・エモトのホームページ】
http://www.masaru-emoto.net/jp/を読むと、強ちに「トンデモ科学」とも言えないような気がする。
なお『パワー・オブ・エイト』には、著者と江本博士とが共同して行った「琵琶湖の浄化実験」についての記述がある。詳しくは、本を読んでみて下さい。 >>287 江本博士って池田博士と同類じゃないの?
http://www.masaru-emoto.net/jp/member/
そんで跡継ぎが博正w
江本 勝
1991年10月に「オープン・インターナショナル・ユニバーシティ」より代替医療学博士の認定を受ける。
ギャハハ http://hadolife.net/
願いが叶うだの病気が治るだのインチキグッズを販売してるところは
日蓮業者とそっくりだけど、江本博士の病気はやっぱり前世の結晶が
変形したとかで治らなかったんですかね? http://hadolife.net/SHOP/3719.html
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すごすぎる 『パワー・オブ・エイト』によると「祈りの効果」は絶対的なものではなく、相対的なもののようです。祈らなかった場合と比較して祈った場合の方が、相対的に効果があるということのようです。
なお、『脳の神話がこわれるとき』という本を読むと、祈りの効果に特定の宗教は関係ないそうです。
日蓮正宗だから、創価学会だから祈りに効果があるということではないということです。
日蓮の曼荼羅本尊に祈らなくても、鰯の頭に向かって祈っても、意識を集中して祈れば相対的に効果があるということのようです。 >>286
都合の悪いことは前世の悪縁とするなんてご都合主義ですね。
ご都合主義のルーツは宗祖からはじまってるんだ。 http://www.myokoji.jp/page/menu_2/koshozan/215_03.htm
この日蓮正宗の能化僧の講話によると、部派仏教の頃からご都合主義はあったようです。
日蓮の文や能化僧の文を読むと、法華経の行者の祈りよりも、自業自得果の方が強力だという事でしょう。 すみません。妙光寺寺報は(故)尾林能化ではありませんでした。 >>292
法華経にそう書いてあるからな。前世の悪縁といっても法華経を誹謗したというだけの話だけど。
日蓮は法華経を狂信的に信じたから、カルト的になったと一般に考えられているが、自分はそうではなく、カルト的に都合がいいから日蓮は法華経を根拠にしてたと考えている。 法華経の業者は叶わない願いが無い
叶わないのはおまえの信心が悪いのであって日蓮のせいではない
前世が悪い
言ってることはコロコロ変わるんだけど
金は取るけど責任は取らない
それだけはブレない こないだ死んだ登山家と日蓮は似てるな
気持ちだけは一流気どりだけど他のプロたちから相手されず呆れられてるだけみたいな。 >>297
うちの母親もよくいってましたね
息子から相手にされなくなって
「宿運がわるかった」
でも現世の貴方の行いが原因で息子から愛想尽かされたんだけれど
そういういみでは因果応報の仏法はあたってます(笑) >>297
>金は取るけど責任は取らない
それな。それに尽きる。 正しく信仰です。
祈りの相対的効果を信じれば、祈れば良し。
祈りの相対的効果を信じなければ、祈らなければ良い。
信仰は、その人の自由です。
『パワー・オブ・エイト』の著者も『脳の神話がこわれるとき』の著者も、祈りの効果を信じないと地獄に墜ちると言って脅したりしていませんから。 >>302
>祈りの相対的効果を信じれば、祈れば良し。
祈りの相対的効果とはどういう意味か?
相対的効果という以上は、絶対的効果と区別されていると思われる。 祈れば必ず効果があるということではなく、祈らなかった場合と比べて効果があるということ。
ある地域の犯罪が無くなるように祈ったが、その地域で犯罪が無くなることはない。だが、犯罪は減ったということ。 >>302>>304愚人さん
「自行化他」をご存知かと思いますが、祈るだけでは良くないというのが末法の法華経行者だと日蓮が教え方ですね。
相対的の効果が人と人では別の話になっていくことでしょう。
日蓮曼荼羅を対照に祈る信者の効果は、功徳という自分への褒美を得る為だけのものです。
常不軽菩薩が法華経を知らずにして、自らに褒美が与えられるなどと知らずに行った振舞いが後に仏になるという筋書きなのですが、
報酬という約束を信じて行う日蓮教義への信者達とは全く違うものなのですね。
祈りだけでは何も自分の為にはならない事が誰しもが分かることだと思いますが、「信仰の自由」という概念が成立するにはもう少し議論するべきでしょうね。
脳の神話を壊すような「折伏行」などという信仰は、もはやこの類に入らないものではあります。
相対に向き合う対象は信仰という働きを一瞬でも捨てて、善悪を見極める「本心」だと思いますが、この対象に気付くことができないのが宗教にどっぷりの人達なんですね。
論より証拠ができないでいるのが、創価や正宗系達ですよね。
そりゃそうでしょうね、過去生や来世など話せるのは釈迦仏だけなのですから。
日蓮が著書にもっと詳しく自らの過去世の経歴を話してくれればよかったのに、、久遠元初からのねw
>ある地域の犯罪が無くなるように祈ったが、その地域で犯罪が無くなることはない。だが、犯罪は減ったということ。
よろしかったら具体的にそのお話しを聞きたいのですが? >>304
>その地域で犯罪が無くなることはない。だが、犯罪は減ったということ
犯罪は意外なようですが減ってきているんですよ。
何度も報道されるので犯罪が増えていると思われがちなんのですが
ですから、祈っているところも祈っていないとこも減ってます。
日本の犯罪と治安(ウィキ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%8A%AF%E7%BD%AA%E3%81%A8%E6%B2%BB%E5%AE%89 世法と仏法で極端に違う犯罪が有りますね。(裁判で決められることですが
殺人や放火をしても罪の意識が薄く、寧ろそれが善行などと教えられているところ
日蓮系の人ならば世法での逮捕者がでても不思議ではないのですが、そこのところは弁えているんですね。
もしこんな国が創られたらとんでもない人間達の住処になってしまわれます。
座談会に遅れるから他人の自転車を無断で使用したことも、無罪どころか福を得る因などと言うはめになるねw >>304
>祈れば必ず効果があるということではなく、祈らなかった場合と比べて効果があるということ。
支離滅裂だ。「祈らなかった場合に比べて効果がある」なら「祈れば必ず効果がある」ということではないか。
>ある地域の犯罪が無くなるように祈ったが、その地域で犯罪が無くなることはない。だが、犯罪は減ったということ。
犯罪が有意に減ったのなら、それは効果があったということ。効果の有無は効果の強弱とは論理的に別の問題だ。
しかも犯罪が減ったという事実が祈りの効果とどのように結論付けられるというのか。 >>305
>日蓮曼荼羅を対照に祈る信者の効果は、功徳という自分への褒美を得る為だけのものです。
>常不軽菩薩が法華経を知らずにして、自らに褒美が与えられるなどと知らずに行った振舞いが後に仏になるという筋書きなのですが、
>報酬という約束を信じて行う日蓮教義への信者達とは全く違うものなのですね。
まさにその通り。 スチールカンさん。
2008年 9月14日〜9月21日
2008年9月14日〜9月21日 参加者11468人
「平和と共存がスリランカ北部ワンニ地区に訪れる」「戦争に関する暴力が少なくとも10%減少する」と意識を送る。
実験を行った週には暴力がこれまでにないほどの増加を見せた。
実験後の数週間には20週前と比べるとかなり減少。
実験を行った週に記録的な数字をたたき出すまで増加し続けていたが、実験1週間後には、戦いが激しくなる前でさえ見たことがないほどのレベルまで急落。
これだけでは解らないと思いますので、『パワー・オブ・エイト』101頁〜124頁を読んで下さい。 >>310
>スリランカ内戦中、バブニヤ県の一部は長期に渡り反政府組織タミル・イーラム解放のトラ (LTTE) の支配下に入っていた。政府がその支配を回復したのは、スリランカ軍が奪還を果たした2008年のことである。
スリランカ軍が奪還したので治安が回復したと解釈するのが正常な頭の判断。
カルト本を読むなとは言わんが、客観的文献を無視してはいかんよ。 カルト本と思うのならば、それで良し。
個々の判断で宜しいと思います。
ただ、一読はしてみて下さい。 カルト本過ぎて全然売れないとか?
それこそ自業自得だな それ故に、この“呼びかけ”はまさに自己の成仏を賭けた真剣な行動、
(中略)
それは自己の成仏のための必須の行為、即ちぼさつ行そのものであったのである。
(中略)
「あなたはぼさつ行を行じなさい。仏になります」という“呼びかけ”は、
まさに自利にして、しかも、利他のぼさつ行であることが知られるのである。
(東方出版刊 苅谷定彦著『法華経〈仏滅後〉の思想』516頁)
苅谷氏の考察によれば、不軽菩薩の礼拝行は、自利を求めたものでもあったようである。
因みに、ヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』には、
行為の結果にこだわらず、なすべき行為をする人は、放擲者でありヨーギンである。
(岩波文庫 上村勝彦著 『バガヴァッド・ギーター』62頁)
とある。 >>310愚人さん
その本を購入して読まなければ内容が解らないのは当然なことですね。
もし機会があって立ち読みが可能ならば該当箇所を読んでみますね。
ひとつだけ質問したいのですが、
参加者の11468人の祈りとはどのようなものだったのでしょうね?
「北朝鮮と戦争にならないように」
創価の人も、正宗の人も、諸々の宗教郡の人達も、私達アンチでさえも、みんな思っていることでしょう。
祈りというものは、こういうものかと思いますが。
本来、宗教の枠に拘らずにて、「本心」とは殆ど一緒なんだと思います。
蓮華を例えに「何事にも染まらない心」こそ大事なことだと私は思っています。キザですがw
参加者の11468人の方々も一同に同じ宗教の人達ではなかったことでしょうね。
敵や味方などという戦いのスポーツでも、互いの選手の本心を失わせる者が監督が存在したのならば、
両者選手達の敵は互いに同じになっていくことでしょう。喜ばしいことですね。
そんなところ、日蓮門下内での「憎み合うように仕向ける教唆」に受態されていることに気付き、
悪き根源を排除すべきものかと思います。
試合以外の所で監督自ら相手にタックルすれば、とりあえず作戦は成功するわけであって、
教え子にそれをやらせるなんていうのは、監督としても教育者としても失格であって、失格前に元々が器の無い者だったのですね。
私だけでなく、誰しもがそのように思うことは一緒かと思うところ、
祈りとは「本心」をみだせる者に善き功積が身に付くことだと思っています。
11468人の良心には喜ばしいことだったと私は思います。(←偉そうにぃ〜)w
上下関係のない掲示板って最高。
>>314愚人さん
>不軽菩薩の礼拝行は、自利を求めたものでもあったようである。
何故なんでしょうね?
愚人さんはどのように思われますか? スチールカンさん。
当該書に、
参加者に「平和と共存がスリランカ北部ワンニ地区に訪れる」「戦争に関する暴力が少なくとも10%減少する」と意識を送るように頼んだ。
とあります。
日蓮の誤りは、「放逸」「慳貪」「嫉妬」「邪見」「淫乱」と週刊誌の見出しみたいな言葉を以て敵対者を批判したことではないでしょうか。
そして、今の正宗や創価、顕正の人達は、
総じて日蓮が弟子と云って法華経を修行せん人々は日蓮が如くにし候へ。
との日蓮の教示を忠実に実行して、日蓮と同じように敵対者を罵っているのだと思います。
彼等が日蓮の真書とする『御義口伝』の、
上慢の四衆の所具の仏性も、不軽所具の仏性も、一種の妙法なりと礼拝するなり。
との文を噛み締めてもらいたいです。(私も含めて)
苅谷定彦氏の該当の考察箇所は、513頁〜516頁にありますので、その箇所を読んでみて下さい。但し、定価が16000円と高額です。
まあ、該当箇所を読んた私の理解をかけば、「ブッダとなる為の修行の為に礼拝行を行った」という事だと思います。
苅谷氏によると、不軽菩薩は、法華経編纂者達とのことです。このことは、植木雅俊氏も岩波書店刊『思想としての法華経』の306頁〜316頁で、当時の法華経編纂者達の事を述べたものとしています。
愚人も苅谷氏や植木氏の説に同じて、不軽菩薩とは法華経編纂者達のことであると思います。法華経の編纂者達は、菩薩としてブッダに成ることを目指していたのですから、そこには、ブッダに成るという「自利」が有ったと思います。 あなたはまだ子供だ。
あなたは幼い友達とライ麦畑の上で遊ぶ。
あまりに楽しく激しく走り回るので、あなたはライ麦畑から落ちそうになり恐怖を感じる。
そこへキャチャーが現れ、あなたの手をしっかりと捕まえてくれる。
正当恁麼時、作麼生! >>316愚人さん
>不軽菩薩とは法華経編纂者達のことである
このような発想は考えてもいませんでした。なんと斬新な思想であることに私は驚いています。
ただそうなりますと、法華経物語にでてきているキャラクター達も全部が編纂者達になってしまわれませんか?
正確にいえば編纂者達が自分達に当てはめて作られた物語になるわけであって、当然といえば当然な解釈になろうかと思います。
しかしながらこの様な解釈は日蓮教にもあるわけで、自らを法華経物語にでてくる菩薩達と混同させている様なものだと思うのです。
学術的に研究をされる御方達の「法華経は釈迦が説いたのではない!」という前提の元ならば当然にこの様な思想が浮かび上がることでしょうね。
そこでまた質問をして宜しいでしょうか。
不軽菩薩こと法華経編纂者達の「自利」とはブッタに成るという事のようですが、
初っ端から『エーヴァム・マヤ―・シュルタム』と、「嘘を付くこと」が彼等の利益になるということでしょうか?
この法華経編纂者達は「自利」というよりも、どちらかというと「利他」だったと思う方が自然になりませんか?
私としては大変に興味がありまして、かなりスレ違いな話に展開しそうですがご勘弁を願います。 スチールカンさん。
愚人は、法華経編纂者達には、
誰かある一人の衆生のためにだけでさえも説示したり、あるいは語ったりする人は、如来によってなされるべきことをなすひと(法師品/植木訳)
との大いなる自覚があったので、自分達が「嘘をついている」という自覚は無かったと思います。
また、
説一切有部の小乗涅槃経には、第三者から聞いた教えを仏説か非仏説かを判断する基準として、「法性に違わない」ければ仏説と判断して良いとの記述があり、(筑摩選書刊 平岡聡著 『大乗経典の誕生』119頁)
『大毘婆沙論』の冒頭にも、
ブッダの説であれ弟子の説であれ、法性に違わなければ仏説として受持してもよいとブッダ自身が認めた(『大乗仏教の誕生118頁』)
との記述があることから、法華経の編纂者達は「一切衆生本来皆菩薩/一切衆生皆成仏道」とのブッダの本性を説いているとの自負があったでしょうから、「嘘をついている」との思いは無かったと思います。
不軽菩薩は「菩薩」でありますから、その行は、「仏道無上誓願成」という「自利」と「衆生無辺誓願度」という「利他」であるとおもいます。苅谷定彦氏も、
「あなたはぼさつ行を行じなさい。仏になります」という“呼びかけ”は、まさに自利にして、しかも、利他のぼさつ行であることが知られるのである(『法華経〈仏滅後〉の思想』516頁)
と述べています。 スチールカンさん。書き忘れです。
法華経のキャラクター全部が、法華経の編纂者ではありません。
そうではなく、法華経の編纂者達が、法華経の中に自分達の現状を記述している箇所があるということです。
「勧持品二十行の偈」と言われている箇所などは、自分達が受けている現状を述べたものではないでしょうか。
>>319-320愚人さん
植木氏がどのように訳しているかは私には分かりませんが、
鳩摩羅什漢訳をテキストに沿って言うならば、釈迦からの功徳の説明は常不軽菩薩品以前の法師品や法師功徳品にも書かれている通りですね。
法華経編纂者達が自分達を常不軽比丘としての思想を入れた内容であるならば、当然に仏からの見返りを知っているわけでして、愚人さんが見解の
常不軽比丘=法華経編纂者達には「自利」を確信したものだということはありえますね。
しかしです、この常不軽比丘は「法華経を知らずにして礼拝行」を振舞っていたことは法華経本文該当の章で記述されているのですね。
法華経全体的にも矛盾な経緯から後先の解らない曖昧性で構成されているわけでして、作者=法華経編纂者達の思考は釈迦に仮託をした物語としては、
かえって釈迦像を見苦しく思わせるようなものですね。
多分ですがサンスクリット語から直訳するも鳩摩羅什漢訳も差ほど内容は変わらないものだと思いますが、
その常不軽菩薩品漢訳の、
『是の比丘終らんと欲する時に臨んで、虚空の中に於て、具さに威音王仏の先に説きたもう所の法華経二十千万億の偈を聞いて、
悉く能く受持して、即ち上の如き眼根清浄・耳・鼻・舌・身・意根清浄を得たり。是の六根清浄を得已って、更に寿命を増す
こと二百万億那由他歳、広く人の為に是の法華経を説く。』
の箇所は植木氏ではどのように訳されているでしょうね?
もし内容的にも同じようであるならば、法華経編纂者達と常不軽比丘の両者の思想は違うことになります。
どちらにしてもこのような矛盾性がある物語に、学者や研究者が常不軽比丘の自利説を述べるというのには疑問をもちますね。
主人公のドラえもんと作者の藤子・F・不二雄のどちらが主語として話されているのかが疑問に思う私です。 スチールカンさん。
時間ないので簡単に。
法華経編纂者と不軽菩薩の思想は、声聞・縁学、四衆共に菩薩の行を成し、ブッダになるというもの。
法華経の編纂者と不軽菩薩の間に思想の違いはありません。 しております。
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