>>503
>漢訳された時期は、現存するパーリ仏典が改竄された時期よりも古い これは確実

なぜ漢訳仏典が「訳」でパーリ仏典が「改竄」なのか。独断でしかない。

>内容を比較すると、漢訳仏典には、スリランカに伝えられた仏教の改竄前の内容が残されている
>根拠としては、対応する漢訳仏典にある文章がパーリ仏典では欠落していることが多い

低能の極み。一般にテキストAとテキストBを比較してAがBにない内容を含んでいるとすれば、それは後に付加された可能性が大きい。
いま「一般に」と言ったのは例外もあるからだ。その場合はさらに他の傍証で史料批判が必要。
欧米にはパーリ仏典が漢訳より古いと考える研究者が多いが、いずれにしても成立年代は仏滅後数百年あるので一方的には断定できない。
しかし南伝の保守的な風からして一般論としては古いと考えてもよい。また漢訳は中国での政治的事情で教団による改竄の可能性がより大きいと考えられる。
法華経でも簡素な韻文の部分のほうが散文の部分よりも古いとの見方が有力だ。

>なぜ、こういうふうに改竄したかを推測すると、おそらく、法に対する供養の功徳を説くのは大乗仏教的なので、大乗仏教嫌いだった高僧ブッダゴーサが削ってしまったんだわw

妄想は勝手にするがいいが、ブッダゴーサは注釈者であって経典編纂者ではない。
仮に初期では法への帰依が欠けているとすれば(実際にその通りか否かは検証が必要だが)、元々は法はブッダその人か、その教えを相伝されたサンガを通じて語られたからだろう。
それが後に仏教の発展により、歴史的存在としての釈尊とは別に普遍的な「法」の存在が意識されるようになった。常識的にはそのように考えられる。
法身すなわちダルマカーヤである。法華経はこれに至る途上で制作されたため、釈尊を「常住不滅」と拙く表現したのである。