脳梗塞や認知症は高齢になれば、だれにでも起こりうる症状で仏罰だとは
思いません。わたしもそうですが、ほとんどの医療介護職に携わるものは
認知症や脳血管性疾患の高齢者を「このひとは、仏罰を受けた人だ」などと
思ってケアをしたりはしません。
第一大聖人の教義に仏罰なんてあるのですか?でも、もし罰という言い方を
許されるなら、池田先生は大震災のとき多くの被災地の学会員の方たちを
直接激励できなかったこと。それがまさに先生の信仰の結果だと思います