とある国際会議出席の夜、秘密警察に伴われて、私は宿泊先のホテルに戻った。
到着するなり、私の心身は疲労の塊と化し、部屋に戻り始める。
いた!ホテルの階段を降りてくる、ガチムチ筋肉野郎を発見。
……私はそのガチムチ野郎の顔に見覚えがあった。
先刻、秘密警察の連中が、必死になって探していた奴だ。
その男のせいで、私は非道な行為に手を貸してしまったんだ。
私が言ってもしょうがないな、無視を決めようとも思った。
しかし、命を狙われてると判っている者を見捨てる事の出来ない「良心」には抗い難い。
それに、万が一命を狙われてるのを知らない可能性もある。
よし、行くぜ!私は一大決心をし、ガチムチ野郎に声を掛けた。
「き、君は…デューク・トウゴウだね?」
「………」
「AVH(ハンガリー秘密警察)が血眼になって君の行方を追っている…気を付ける事だ…」
命を狙われてると分かってる奴に声を掛けるのは初めてで、不覚にも声が震えた。
「そうか、御忠告感謝する」
私の想像では、ガチムチ野郎はこう言う筈だった。しかし、現実は意外な事になった。
「升田教授…」
「え?!」
「新聞の記事で読んだのだが、教授は懐炉を愛用されてるそうですね?」
「あ、ああ。それがどうかしたのかね?」
「…余分なのをお持ちなら、一つ譲ってもらえないだろうか?」
どういうことだろうか……。雄野郎は懐炉を受け取ると
「間もなく、AVHはあなたに強要してることをやめるだろう。ありがとう、升田教授…。」
と言う言葉を残しどこかへ行ってしまった。
胸に広がる不安と、もやもやした得体の知れない感情に耐えながら、私は思った。
そうか、私は感謝の言葉が欲しかったんじゃない。
私はあのガチムチ兄貴が懐炉を何に使うのか……それが知りたかったんだ、と。
まだ私が彼の正体を知らない事も影響し、私の心から疑問が溢れた。

台詞元ネタ…ゴルゴ13『ザ・メッセンジャー』(1983年)