また、能は『源氏物語』から題材をとった作品が多いけれども、
『源氏』の中に出てくるさまざまな人物たちが、それぞれ自分の前世の姿として、
「六条御息所」「葵の上」「夕顔」「若紫」といった女性が登場してくる
こともよく知られているだろう。
このように能の世界においても、鏡というものは非常に重要な意味を持っているのだ。
ところで、能で使われる鏡というのは、 普通の人が想像するような丸いもの
ばかりではないのである。

例えば『道成寺』では、鐘に結びつけられた大きな丸鏡が、大蛇となって
「安珍清姫」を焼き殺してしまうし、『羽衣』でも天女が羽衣を隠して
人間に戻す条件として、水盤に入れた小さな四角い鏡を見せられる場面がある。 
また、能楽堂の舞台には必ずといっていいほど、鏡板という特殊な
金属でできた鏡が設置されているのだが、これは舞台で演じられる
舞楽や狂言の内容を映すための装置なのであった。