>>93続き)

もしも、キングコング西野が、お客さんの需要を下調べして、
そこに当てにいくようなマーケティングによって表現を作っている人間ならば、
10年以上前に「ひな段」を辞めていません。当時、お客さんの需要は「ひな段」にあったのだから。

もしも、キングコング西野が、お客さんの需要を下調べして、
そこに当てにいくようなマーケティングによって表現を作っている人間ならば、
絵本作家に転職せずに、『爆笑レッドカーペット』に出る努力をしています。
お客さんの需要は『爆笑レッドカーペット』にあったし、絵本なんて流行ってもいなかったのだから。

もしも、キングコング西野が、お客さんの需要を下調べして、
そこに当てにいくようなマーケティングによって表現を作っている人間ならば、
4年も5年も前に「オンラインサロン」なんて始めていません。
4〜5年前に「オンラインサロン」の存在を知っていた人、どれだけいました?

これを言うと驚かれるんですが、僕、世間の流行りとか1ミリも興味がないんです。
心の底から、どうだっていいと思っている人間です。
世間の「需要」をリサーチして、そこに自分を当てハメていく気なんてサラサラありません。

デビュー当時から僕がやっていることは一つで、
「世間の需要の首根っこを掴んで、『僕がやりたいこと』の前に置く」
という力技です。

正解なんて選んでないです。
僕が選んだものを、ものすごい腕力とワガママで正解にしています。
もちろん、上手くいかないことも多々ありますが。

「マーケティング」というものの取り扱い方って二つあって、
一つは「マーケティングによって、作品を作る」だと思います。
たとえば、「イケメン俳優を積もれるだけ積もって、恋愛シーンを入れて…」を前提に、
台本を書き進めていくような。

もう一つは、「誰にも忖度せずに作った作品を、マーケティングによって届ける」です。
『えんとつ町のプペル』なんて、そもそも「えんとつ町」の需要なんて1ミリもないし、
イケメンは一人も出てこないし、女子がドキドキするような恋愛シーンなんて1秒もないし、
「ゴミ人間」なんて誰も待っていない。
「そういう歪なものを届ける為にはどうすればいいか?」というところに、マーケティングを用いる。