僕は小学校高学年のころいじめられていた。
一・二年のときも容姿と服装が女っぽいせいでからかわれることはあったが、
せいぜいが「オカマ」呼ばわりされたりものを隠されたりする程度でいじめというほどのものではなかった。

しかし五・六年のときはちがう。
殴られたり蹴られたり金銭をまきあげられたりクラス中の男子に無視されたりした。
それらのいじめは、実質的にはひとりの男子の手によるものであった。

彼はとても小学生とは思えないほどに狡猾な性質の持ち主で、
直接的な暴力だけでなく、ときに政治的と言ってもいいくらいの策略をめぐらせて標的を孤立に追いこんだ。
数少ない同情者は彼の言葉巧みな煽動によって気がつけば敵対者に転向していたし、
当の被虐者本人さえ、いよいよ崖から落ちんとするその瞬間ふいに差しのべられる右手と悪魔的微笑によって
いいように精神状態をコントロールされているありさまだった。

彼はまちがいなく、僕が出会った中ではもっとも邪悪な人間であった。
そのことを本当の意味で悟ったのは、高校生になってからのことである。
彼と僕とはちがう中学に通っていたが、三年になってゲームセンターで再会し、それから関係が復活した。
二年ぶりに会った彼はとても人あたりのよい人物に変貌をとげており、僕への態度も以前とはまったくちがって友好的なものであった。
学校に友人のいなかった僕はすぐさまそれに飛びついた。

交友は二年ほど続いた。
その間、僕は金銭にまつわるトラブルに三度巻きこまれた。
彼はそのたびに解決をはかるため奔走してくれた。
その見返りとして僕は、遠回しに要求されるがまま謝礼金を渡した。
このとき僕はおめでたいことに、彼に対してほのかな友情を感じてさえいた。
しかし当時は思いもよらなかったことだが、それらのトラブルは三件が三件とも仕組まれたものであると後になってわかった。

すべて彼が裏で糸をひいていたのである。
偶然出会ったとばかり思っていた事件の加害者たちは、全員彼の中学高校での友人とのことだった。
そのことを知ったとき、僕は怒りよりもむしろ底知れぬ気味の悪さを感じた。
中学になって彼が手に入れた屈託のない笑顔と気さくな話し口調。
それは、決して渡ってはいけない人間の手に不幸にして渡ってしまった最悪の毒物だった。

僕は知っている。
彼を「いいやつだ」と評する人間が星の数ほどいることを。
そして何度も目にしている。
彼がどんな女の子ともすぐに打ちとけられる技術をもっていることを。
圧倒的無力感が僕をつつんだ。
奪われた金を取りもどそうなどという考えは頭をかすめもしなかった。
そのとき僕が願ったのは、ただひたすら今後一切自分の人生と彼の人生が交わらないことであった。