(文 野口 悠紀雄) 日本の賃金の低さと円安を背景として、海外で働こうとする若者が増えている。これは、日本の労働力不足をさらに深刻化させる。

 高度専門家の海外流出は、日本の技術開発力を低下させるという意味で、さらに深刻な問題だ。ワーキングホリデーで外国で働く若者が増加

 ワーキングホリデーの制度を利用して、海外で働こうという若者が増えている。大学を休学して留学し、留学先でアルバイトしようということだ。賃金水準が高いオーストラリアやカナダなどが人気がある。

 ウェブを見ると、こうした人々が就職先を探すためのサイトが多数作られている。また、さまざまな情報やサポート体制を提供するウェブサイトもある。

 OECDの賃金統計によると、オーストラリアの最低賃金は25441USドルだ(2020年:21年実質価格、購買力平価)。日本の16705USドルの1.5倍になる。これは世界でも有数の高さだ。

 オーストラリアドルでいうと、21歳以上でフルタイムの場合に、時給で$17.70だ。1オーストラリアドル=90円で日本円に換算すると、1593円になる。日本より6割高い。また、州によっては、国の最低賃金より高い最低賃金を決めている場合もある。

 だから、日本で働くことに比べると、ずっと高い収入が得られる。

 2022年には、それまでもあった日本給与の低さに急激な円安が重なり、日本と海外の賃金の格差がさらに広がった。このため、ワーキングホリデーで働く学生が増えた。

 オーストラリアでは物価も高い。また、長期間住むのであれば、税や社会保険料負担の問題なども無視できない。ただ、それらをカバーするだけ賃金が高いことも事実だ。日本の条件が悪いことは、否定できない。

日本の若年労働者が減る恐れ

 ワーキングホリデーで働くのは1年間程度の短期間だから、これと語学研修を合わせて海外生活を経験するのは、決して悪いことではない。

 ただし、賃金格差があまりに大きいので、そのまま外国に住みついてしまう場合も多いと思われる。そうなると、日本の若年者の労働力が減るといった事態になりかねない。

 もともと日本では、少子化の影響で若年者の労働者が減っている。それに拍車がかかる。これは深刻な問題だ。

もっと深刻なのは、高度専門家

 人材の海外流出問題は、ワーキングホリデーに留まらない。もっと深刻な問題は、高度専門家の海外流出だ。

 高度専門家の場合の日本と他の先進国の給与格差は、単純労働の場合よりも大きい。昨年12月11日の本欄で述べたように、アメリカのGAFAなどの先端的IT企業の場合、トップクラス技術者の給与は、年収1億円程度になる場合が珍しくない。

 最近、アメリカ大手IT企業が人減らしを始めているといわれているが、給与はむしろ顕著に増えている。

 例えば、メタ(旧フェイスブック)は人減らしを始めると報道されている。しかし、アメリカの転職サイトleves fyi によれば、トップエンジニアの給与は、昨年3月には94万ドルだったが、いまは$182万ドルと、2倍近くになっている。1ドル132円で換算すれば、2億4000万円になる! 桁を間違えたかと、何度も計算し直したくなる数字だ。

 グーグルのトップエンジニアの給与は、昨年3月は102万ドルだったが、いまは115万ドルだ。

 アメリカの賃金は全体として上昇しているが、それを上回る上昇率だ。このように、高度の専門家の争奪戦は、激しさを増している。

 ところが、日本人の高度専門家は、日本企業で相応の給与を得ていない。このため、12月11日の本欄で書いたように、IT関連高度専門家の海外流出がすでに始まっている。

 日本の大学で基礎的な知識を身に付けたあと、日本企業に就職して基礎的な訓練を受け、そしてGAFA などのアメリカ企業に流出してしまうのだ。

大学の人材も海外流出

 大学人材の海外流出も始まっている。その原因は、日本の大学では給与が低いことと、自由な研究環境が得られないことだ。

 高度専門家の場合には、もともと言葉の壁は低い。そして、研究者の間で国際的なコミュニティーができている場合も多い。したがって、日本からの流出は、単純労働の場合よりもっと激しくなる可能性がある。

 論文数の減少、世界大学ランキングでの日本の地位の低さなどは、こうした動きと無関係ではない。
以下ソース
https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/20230115-00104685-money_gendai-column