「子どもの頃からあんなに好きだったオリンピックなのに、奴隷のような扱いをされて今は悲哀しかありません」。新型コロナウイルスの感染が収まらない中、開かれた東京オリンピック・パラリンピック。東京都内の競技会場でアルバイト清掃員として勤務した50代女性はそう大会を振り返る。新型コロナの感染におびえ、大量の食べ残しや飲み残しを処理しながら、自分たちも「使い捨て」と感じさせられる失望の日々だった。

女性は4月、スタッフとして働いていた都内の外国人向け宿泊施設が、新型コロナのために客が集まらず廃業。ビル管理会社が出した競技会場の清掃員の募集を見つけて応募した。

 7月1日から会場で研修が始まった。設営を担う作業員らの出入りは激しかったものの、開幕前は会社から手すりなどのアルコール消毒をするように言われたことはなかった。トイレ掃除も、ゴム手袋をつけた手を便器に突っ込んで布で汚れをこすり落とすよう言われて絶句した。

 当時、同じバイトのメンバーでワクチンの接種を2回受けていたのは60代以上の一部だけ。「トイレ掃除は会社にお願いしてブラシを使えるように改善されたけど、常に感染が怖かった」と女性は振り返る。

バイトに対する会社や大会組織委員会の姿勢は冷たく感じられた。女性の勤務は主に1日8時間で、休憩は1時間しかない。ゴミを集めたり、手すりなどをアルコール消毒したり、トイレ掃除をしたりして、ずっと動き回っていた。

 「少しでも座ると組織委から会社にクレームが入る。このままでは膝が持たないと思って真っ暗なトイレの便座に1分だけ座って休んだこともありました」。会社と組織委の連携不足から不快な思いをすることもあったという。会社の指示で試合中に観客席のゴミを回収していると、組織委から会社を通じて「どさくさにまぎれて観戦するな」などと注意を受けた。

 「大金を稼ごうとか隠れて何かをしようとかいうつもりもなく、まじめに働いているのに、そういう見方をされているのかと憤りを感じました」と女性はやりきれない表情を浮かべる。

 「オリンピックファミリーラウンジ」と表示された休憩室には立派なソファが三つ置かれていた。一日の競技が終わり選手たちが帰った後、エアコンが切れた会場の休憩室やトイレの掃除に取りかかるが、その部屋については、会社から「特にきれいに掃除するように」と指示されたという。

 「五輪貴族が頂点にいる階級の底辺に私たちがいるんだという思いがしました」と振り返る女性。同じバイト仲間が「体調が悪くて行けません」と会社に伝えると、「自分の体調管理ができない人はやめてもらう」と告げられ、事実上解雇され、残りのシフトに入ることができなかった。

 時給は1500円。研修も含め21日間働いて女性が手にするのは18万円ほどだ。「これまではテレビでオリンピックに熱狂して美しい部分しか見てこなかったけど、夢が壊される思いがしました。今まで15くらいのバイトをしてきましたが、一番のブラックバイトでした」

 大学卒業後13年間勤めた会社を体調を崩して辞めた後に、非正規で働いてきた女性。次の仕事はまだ決まっていない。
https://mainichi.jp/articles/20210911/k00/00m/040/079000c