福島第1原子力発電所事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東京電力旧経営陣3人の判決が19日、東京地裁であった。永渕健一裁判長は勝俣恒久元会長(79)、武黒一郎元副社長(73)、武藤栄元副社長(69)に対し無罪(求刑禁錮5年)を言い渡した。3人は公判で無罪を主張していた。

判決は3人が巨大津波の可能性に関する情報を聞いたとされる2008、09年以降対策を講じたとしても「事故発生前にすべての措置を完了できたのかは証拠上明らかではない」と指摘した。

3人は巨大津波による原発事故を予見できたのに原発の運転を続け、事故で長期間の避難を余儀なくされた入院患者らを死傷させたとして業務上過失致死傷罪に問われた。公判では津波を予見し、防潮堤設置など有効な対策をとることができたかが主な争点となっていた。

検察官役の指定弁護士は公判で、政府機関の長期評価に基づく東電子会社の試算結果などを挙げ、津波が予見できたと主張。2008年のこの試算結果は15.7メートルの津波が原発に襲来する可能性を示し、武藤氏と武黒氏は内容を把握していたと訴えた。

3人全員が出席した09年の会議でも担当幹部が巨大津波の可能性に言及したと指摘。3人は津波を予見できたのに「原発の運転を漫然と続けた」と批判した。

これに対し、旧経営陣側は「政府機関の長期評価は信頼性が低く、対策の根拠としては不十分だった」などと反論した。

東電子会社の試算による15.7メートルの津波は敷地南側から押し寄せる想定だったが、津波は実際には東側から到達したため、試算に基づいた防潮堤などの対策工事をしていても原発事故は防げなかったとも主張した。

判決は3人が試算結果など巨大津波の可能性に関する情報に接して以降、対策を講じたとしても「事故発生前にすべての措置を完了できたのかは証拠上明らかではない」と指摘。「事故を回避するためには原発の運転を止めるしかなかった」とした。

その上で「原発事故が生命、身体に重大な危害を及ぼすなど甚大な被害をもたらす恐れがあることは明らか。一方運転停止は地域社会にも影響を与える」とし、事故を回避する義務を検討する際は「停止の負担、難しさなども考慮すべきだ」との考えを示した。

原発事故を巡り、東京地検は3人を嫌疑不十分で不起訴としたが、検察審査会が14年に「起訴相当」、15年に「起訴すべき」と議決した。議決を受け、検察官役の指定弁護士が16年2月に強制起訴した。未曽有の原発事故の刑事責任を旧経営陣個人に問えるのか、裁判所の判断が注目を集めていた。

東京電力ホールディングスは東京地裁の無罪判決を受け、「刑事訴訟に関する事項については、当社としてコメントは差し控える。『福島復興』を原点に、原子力の損害賠償、廃止措置、除染に誠心誠意、全力を尽くすとともに、原子力発電所の安全性強化対策に不退転の決意で取り組んでいく」とのコメントを出した。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49963860Z10C19A9MM0000/