個人のインスタグラムアカウントで1万フォロワーを超えると、会社から手当がもらえる――。こんな取り組みを始めたのは、若者向けアパレルのパルグループホールディングス(HD)だ。

 なぜこのような人事評価制度を取り入れたのか。「ショップの個々人のモチベーションを上げるのが最大の目的。これからは個人の時代。SNSの企業アカウントでの情報発信には限界がある」と同社プロモーション推進本部の堀田覚本部長補佐は語る。

 個人アカウントを評価する仕組みはこうだ。まずスタッフが会社に自身の個人SNS(「インスタグラム」または「WEAR」)のアカウントを申請すると、本部で審査が行われる。承認されると毎月フォロワー数が本部でカウントされ、1万フォロワーを超える(一部5000フォロワー以上)と月々SNS手当がつく。社員でもアルバイトでも同様の扱いで、フォロワーが多い人では月数万円が加算されるという。

 もとはフォロワー数上位のみを対象とする表彰制度だったが、「誰もが当たり前に発信してほしい」と、2017年3月から手当として支給することにした。現在、同社内で登録されているスタッフのアカウントのフォロワー数は、総計で260万に達している。

 個人アカウントのフォロワーを増やしたからといって、どれだけのインパクトがあるのかと疑問に思う人もいるかもしれない。

 こんな事例がある。インスタグラムで2.4万フォロワーを持つ同社ブランド「kastane」のスタッフが、仙台から金沢に転勤になったとき、フォロワーが彼女に会うために転勤先の店に集まり、その店舗でトップレベルの売り上げを記録した。こうした“新型カリスマ店員”を育てるため、「拡散しやすい写真の撮り方」などのノウハウを社内で蓄積し、月に一度は個人SNSを始めるスタッフへの研修を全国で行い、底上げを図っている。

ショップスタッフのSNS発信に先鞭をつけたのは、13年にパルコが運用を開始した「パルコショップブログ」だった。ただ、当時からスタッフのSNS活用の多くはECと紐づけて展開されてきたという経緯がある。パルHDの試みは、むしろ「フォロワー数」という、売り上げより客とのつながりにフォーカスしている点が新しい。

 なぜパルHDはそこまで個人SNSにこだわるのか。理由は二つある。

 一つは、企業主体のプロモーションの限界が見えたからだ。

 企業はマスメディアへの広告出稿を減らす一方で、企業アカウントの運用に力を入れてきた。しかし企業アカウントからの投稿は、フォロワーからPRとみなされがちで、商品の購入行動に結び付きにくい。

 一方、個人アカウントの場合、自分がライフスタイルに共鳴した人物をフォローするため、たとえスタッフの投稿であっても、そもそも広告と思って見ていない。ファンとしてフォローしているため、その人が心から気に入って投稿していると感じる商品を購入するという行動が顕著になっているのだ。

 ネット上でフォロワーが多く、影響力のある人を「インフルエンサー」と呼ぶ。SNS広告に詳しいサイバー・バズ広報の篠原慶シニアスタッフは、「現在インフルエンサー・マーケティングの市場規模は600億円程度」と言う。スタッフにインフルエンサーがいるのであれば、利用しない手はないだろう。

 もう一つの理由は、スタッフの会社への愛着心を高め、離職を防げることだ。

 厚生労働省の調査によると、小売業界の離職率は38.6%と高い。特に販売職になると人材不足が顕著で、最近では厚生労働省の有効求人倍率が前年同月比135%と高止まりしている。そんな状況下で、「個人アカウントにファンがいること」を会社が評価する仕組みを作ることは、スタッフのやる気を高め、働き甲斐を見出す狙いがある。

 同業他社も、「社員のSNSについて評価の対象にすることは検討中」(アダストリア広報)と、人事制度への採用を模索しているようだ。

 ただし、あくまでも個人が運用するSNSであるため、企業アカウントによる情報発信と比べてリスクも伴う。

「個人間のトラブルの発生など、当然リスクはある。しかし、メガブランドのように、戦略上、個人発信がしにくい企業との差別化を図りたい」と堀田氏は語る。確かに、ユニクロのような情報統制の厳しいメガブランドにはできない戦略だろう。

 個人SNSの活用は、果たしてニッチブランドの新たな活路となるか。パルHDの取り組みが試金石となる。
https://diamond.jp/articles/-/177960