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【社会】「地位はあるけど教養がない」人たちの末路
レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
0001ノチラ ★
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2018/05/26(土) 21:13:06.09ID:CAP_USER
近代以降、ヨーロッパのエリート養成を担ってきた教育機関では長らく哲学と歴史が必修とされてきました。今日に至っても、たとえば政治・経済のエリートを数多く輩出しているオックスフォードの看板学部「PPE=Philosophy, Politics and Economics」(哲学・政治・経済学科)では、哲学が三学領域の筆頭となっていますし、フランスの高等学校課程=リセでは、理系・文系を問わずに哲学が必修科目となっており、バカロレアの第一日目の最初に実施されるのは伝統的に哲学の試験とされています。パリにしばらく滞在した人であれば、バカロレアの哲学試験にどのような問題が出されたか、自分ならどう答えるかがオフィスやカフェで話題になっているのを耳にしたことがあるのではないでしょうか。

あるいはアメリカに目を転じても、エリート経営者の教育機関として名高いアスペン研究所では、世界中で最も「時給」の高い人々であるグローバル企業の経営幹部候補が集められ、風光明媚なスキーリゾートとして知られるアスペンの山麓で、プラトン、アリストテレス、マキャベリ、ホッブズ、ロック、ルソー、マルクスといった哲学・社会学の古典をみっちりと学んでいます。

彼らはなぜ、ともすれば「役に立たない学問の代表」とされがちな「哲学」を、これだけプライオリティの高い学問として学んでいるのでしょうか。アスペン研究所設立のきっかけとなった1949年の国際カンファレンス「ゲーテ生誕200年祭」において、発起人の一人であるシカゴ大学教授(当時)のロバート・ハッチンスは「リーダーに教養が求められる理由」について次のように言及しています。

・無教養な専門家こそ、われわれの文明にとっての最大の脅威
・専門家というものは、専門的能力があるからといって無教養であったり、諸々の事柄に無知であったりしていいものだろうか
(日本アスペン研究所HPより)
実に強烈です。哲学を学ぶと「役に立つ」とか「カッコいい」とか「賢くなる」ということではない、哲学を学ばずに社会的な立場だけを得た人、そのような人は「文明にとっての脅威」、つまり「危険な存在」になってしまうというのがハッチンスの指摘です。

ひるがえって、わが国の状況はどうでしょうか。たまさか、筆者は先日ある経済団体の集まりに問題提起者として参加し、財界を代表する経営者と「文化と企業」の関係について議論する機会を持ちました。しかし、ここでわかったのは、このテーマについて、まともに「自分の意見を述べる」ことができる経営者が、少なくともその場にはいなかった、ということでした。多くの経営者は「文化は儲からない」「祇園におカネを落としたいが時間がない」といった幼稚なコメントに終始し、まともに「企業経営が文化形成に与える影響」について議論することができませんでした。

一方で、このように無教養な「お金儲けの専門家」によって率いられている多くの日本企業から、子どもでさえ仰天させるようなコンプライアンス違反が続出しているわが国の状況を鑑みれば、このアスペン研究所設立の前提となったハッチンスの問題意識が極めて予見性に満ちたものであったことがわかります。
https://toyokeizai.net/articles/-/221844
0928名刺は切らしておりまして
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2018/06/21(木) 14:26:25.83ID:5qIUvM+m
安岡正篤の『易経』と『四柱推命』論は惚れました

この人は御子息は4人ほど居ます

子供たちを前に日本酒を飲んで興が乗ってくると〜

「僕はシガナイ学者崩れしてるが〜売卜屋も専業にしたら最低でも年収が10倍になるんだよ・・・」

「おとーちゃん、それほんと?」

「う〜ん、本当ですよ・・・」
「本当に生活困窮したら街の場末で水晶玉を置いて
手相、人相、四柱推命でうらぶれた売卜屋で露命を繋ぎたいものだよ」
0929名刺は切らしておりまして
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2018/06/23(土) 00:27:18.63ID:QxyPtSfB
>>1 >>947

1938年 国家総動員法

https://ja.wikipedia.org/wiki/国家総動員法

史上初めて国民総動員体制を採用したのは、フランス革命戦争期のフランスであった[20]。
日本語での「国家総動員」という言葉は、「総動員」という戦争計画を前提とする軍事用語
と、ドイツ国防軍陸軍参謀次長のエーリヒ・ルーデンドルフが指導した「ドイツ戦争経済」か
らヒントを得て、1921年(大正10年)におけるバーデン=バーデンの密約組の永田鉄山が造語し
たものだとされている。のちの1935年(昭和10年)、ルーデンドルフ自ら『国家総力戦論』を著
したのを受けて、第二次世界大戦敗戦後に岡村寧次が永田や東條英機の言動から、この国家総動員体制
に対して後知恵で「総力戦体制」と名付けた。但し、徴兵制と総動員の概念は、非職業軍人(徴兵された大衆)
でも多くの役割を担える歩兵主体から、通信兵・砲兵・衛生兵・工兵・空兵といった(平時からスペシャリスト
として訓練を受けている)職業軍人でなければ役割を担うのが難しい特殊兵科要員に軍の需要が移り替わって
いたため、空疎化しつつあったが、永田はこの種の近代化を理解していなかった。この種の近代化を主唱した
のは、山岡重厚、山下奉文などの「皇道派」であったとされている[21]。
0930名刺は切らしておりまして
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2018/06/23(土) 00:29:14.98ID:QxyPtSfB
労働分配率と一人あたりGDP(年単位の生産性)を比較するとこうだ

労働分配率(GDP比、日本以外で主流の計算方式)
フランス 1977年80.0%→2011年68.6% 【マイナス14.3%】
日本 1977年76.1%→2011年60.6% 【マイナス20.4%】
ドイツ 1977年75.3%→2011年67.6% 【マイナス10.3%】
イギリス 1977年68.9%→2011年69.6% 【プラス1.01%】
アメリカ 1977年68.2%→2011年63.7% 【マイナス6.6%】

整理解雇の高裁判決が1979年、それ以降は下り坂だ
それと同時に1970年代には、1938年(国家総動員法 )以前に30歳以上だった戦前の雇用流動化世代が軒並み引退した

一人当たり労働生産性(年間) x 労働分配率
7 United States 59,495 (63.7%)  → 37,898
8 Denmark 56,335
17 Germany 44,184 (67.6%)   → 29,844
21 France 39,673  (68.6%)    → 27,215
23 Japan 38,550 (60.6%)    → 23,361

日本の低さだけが郡を抜いている 、組合が強いフランスは、日本を除くならば底報酬だ

日本の労組・労働貴族や共産主義者が崇拝するフランスはドイツに比べると一人あたりGDP(労働生産性)が4,000ドル低く
アメリカに比べると20,000ドル低い
0931名刺は切らしておりまして
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2018/06/23(土) 01:16:33.12ID:NSrwq60v
>>905
驚いた!
0932名刺は切らしておりまして
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2018/06/23(土) 01:18:54.05ID:NSrwq60v
教養と腕時計のスレは伸びるなw
0933名刺は切らしておりまして
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2018/06/23(土) 01:25:21.38ID:NSrwq60v
>>910
点を線に
線を面に
面を立体に

ここまで来て漸く知識は不特定多数に対して開かれる
0935名刺は切らしておりまして
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2018/07/04(水) 12:27:21.03ID:G9NI/DLX
>>4
哲学のないクイズ王なんてゴミ以下
0936名刺は切らしておりまして
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2018/07/04(水) 23:28:23.95ID:+lTkM+/b
1位が驚きの結果に…「美人度が高い国ランキング」トップ10
http://guolz.zizefw.com/7.jpg
0937名刺は切らしておりまして
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2018/07/05(木) 00:16:09.65ID:rNwUffFs
https://muse.jhu.edu/article/549331

偽装保守で社会主義者(偽装保守だから矛盾しない)、プルードンやホッブズを賞賛するオークショットは
市場を官僚が制御できるという傲慢さと思い上がりを全肯定し、ホッブズもどきの圧制者の気質のためにそのコピー思想家も同様の病を発症する傾向がある

Oakeshott could dismiss the polis as irrelevant to modern government: Strauss take the pogrom as
an epitome of the Middle Ages. But beyond this basic difference of historical horizon, there was a
contemporary reason for the divergence of emphases at this fork. The peculiar vehemence of Oakeshott's
refusal of any idea of 'political engineering', no matter how piecemeal, as a malignant dream that could
only be coercive and abortive, came from the ordeal of Labour rule and (talk of) Labour planning.
Perry Anderson,
0938名刺は切らしておりまして
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2018/07/05(木) 00:19:18.05ID:rNwUffFs
Constructivism and Relativism in Michael Oakeshott
http://www.academia.edu/297952/Constructivism_and_Relativism_in_Michael_Oakeshott

This paper highlights a troubling tension within the philosophy of Michael Oakeshott.

The relativistic stance that informs his radical constructivism giveslicense to socio-political conclusions
we know Oakeshott could not possibly accept.

Politically, Oakeshott cannot accept constructionist social ontologies that are forged in the clamor for
rights, an abstract and axiomatic foundationalist conception of rights, which demands a corresponding
morality not deduced from morally relevant considerations.

Educationally, Oakeshott laments that the notion of disinterested liberal learning is rendered redundant
given the incessant impulse for RELEVANCE, now guaranteed with sociology as its master.

Scientifically, Oakeshott plays both sides and this is most problematic. On the one hand he commends
science for its achievement against the sociology of knowledge view that science is at best an ideology,
at worst, a tool of oppression. On the other hand, the constructivist/relativist Oakeshott berates science
for being devoid of any truth-value. Taken thus, bereft of any veritistic notions, Oakeshott is in no position
to distinguish good science from pseudo-science. Oakeshott therefore plays into the hands of the scientism
that has been the hallmark of his Rationalist and contravenes his own primary philosophical dictum — the
error of irrelevance. For Oakeshott these three dimensions have conspired to create a distinctly
liberal intellectual climate, a regime of “ready-made” or approved ideas,“oppressive uniformities of thought
or attitude or conduct.”

Behind the ostensibly liberal metaphysic of social constructionism, is a reformist program that is not at all benign.
Furthermore, behind the familiar appeal to notions of “social” justice,“social” conscience, “social” science and all
manner of RELEVANCE, there lies a self-serving illiberal divisiveness functional to a realignment of power relations.
In a word “socialization” is the order of the day — a gross example of an ignoratio elenchi.

The question then is why does Oakeshott’s constructivism and relativism not tally with his socio-political conclusions?
Oakeshott accepts all of the philosophical pre-conditions of constructivism yet he cannot accept its natural conclusion.
If Rorty’s co-option of Oakeshott’s metaphor of “conversation” in the service of his own radically relativist
epistemology has any plausibility, this creates serious problems for Oakeshott: it throws up some surprising
socio-political anomalies for those of us attracted to Oakeshott’s philosophical politics.

長いのでまとめると、オークショットは一方で進歩に敵意をむき出しにし、他方では綺麗事の逃げ道を作ったため矛盾が生まれたということだ
ホッブスを賞賛し、改革を否定することから生じる不都合からオークショットは目をそむけている
(進歩を嫌うのは社会主義国がことごとく自由主義国の進歩性によって否定されたことの社会主義者特有の恨みと怨念からだろう)

フェビアン協会出身のオークショットは保守主義者と考えるよりも、PCな社会主義者が定義した保守と考えれば良い
科学的と装うが本質は疑似科学的であるという社会主義者特有の性向から統制主義という結論ありきで抽象論を展開し、
バークとは正反対の徹底した前例主義と統制・計画経済は官僚が好む社会主義的統制経済と親和性が高く、政治経済
の結論だけを見れば社会主義、国家社会主義と区別するのが難しい
0939名刺は切らしておりまして
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2018/07/05(木) 00:19:58.30ID:rNwUffFs
オークショットの定義する(偽装)保守ならば、共産主義者、左翼である西部邁とその弟子にも保守主義者としてアピールできるチャンスは
出てくるが、同時に「真の保守」闘争を開始すれば各方面から猛バッシングを受けることが必然となる

なぜならバークの保守主義を西部邁以上に知っている専門家はいくらでもいるからで、保守主義を左翼やホッブス型の物質主義・反理想主義
とすり替えれば偽物感が溢れ出ることで、偽保守、偽装保守、偽右翼のそしりを免れなくなるであろうからだ
0940名刺は切らしておりまして
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2018/07/05(木) 00:34:58.75ID:ZWp3st4P
誤爆?
0941名刺は切らしておりまして
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2018/07/05(木) 01:46:15.26ID:rNwUffFs
>>919
>嘘つきは泥棒のはじまりである
>詐欺師の泥棒である

最近は嘘、嘘と連呼するものが労組や共産党、立憲民主党の連中に増えているらしい
無能と自覚し会社に居座り、転職をすれば待遇が底辺バイト並に下がる連中の特権を保護したいのはわかるが、
自己分析をすることはないのか疑問に思わないでもない

大半の場合の嘘の糾弾はブーメランであり、嘘つき自体が共産主義者・社会主義者に多いことはかなり社会的に認知されている

嘘は良くないが、嘘つきというと真っ先にイメージできるのは(歴史的な経緯、これまでの誤った情報の拡散から)共産党や労組、
全労連と連合であり、その共産主義者と社会主義者が他人を嘘つきと糾弾するのは滑稽極まりない皮肉と言うべきか

この理屈で言うと、詐欺師や泥棒の1つのあり方が共産主義者、社会主義者ということになる
0942名刺は切らしておりまして
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2018/07/05(木) 01:47:14.72ID:rNwUffFs
>>1

「井の中の蛙大海を知らず」

日本の国際競争力の衰退を理解しようとしない人間がたまにいるが
自らの保身に関わる時には幼児性退行が進行し、自らの認知する(国際社会から隔離された狭い)
世界と自身(とその利己心)が絶対に正しいと信じるようになる

自我を保つために、誤っていると分かっても、他者の進歩と強さを全否定する

自らの利己心に好都合だが全体としては欠陥のある社会が普遍であると持ち上げたり
時代遅れの社会を全肯定する。明らかに負けているのに、自らが勝者であると宣言したり、
(肥大しきった自我を壊しかねない)敵が自滅すると妄想さえする

現実逃避が防衛機能として働くのであり、自己信仰・利己主義というエゴイズムによって現実から乖離する傾向を見せ始める
時には、人間論、道徳論に逃げて、技術や社会の変化に対応できず、従来の常識から脱せない
0943名刺は切らしておりまして
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2018/07/05(木) 01:54:03.84ID:rNwUffFs
>>1

この手のスレを読むと思うのは、日本人というのは競争相手を過小評価する悪い癖があること
自意識過剰な分析は、自らの実力を世界中の人間と比較することを不可能とさせ、民族論という
自己陶酔主義にはまった井の中の蛙になること

ドットコム・バブルの際に、多くの日本人はアマゾン等の赤字企業はすぐにでも潰れると溜飲を下げたものだった
現実は独占を得るために計画的に赤字を垂れ流していたのであり、長期投資の典型的な成功例に過ぎなかった

こうした事例から学べず自国の問題が国際競争と隔離されたかのような幻想に生き続ける
現実は衰退の一直線で、改革がなければ、将来的には目も当てられないような破綻と崩壊の可能性もあるのにだ

追いつこうとする際は謙虚なのだが、追い付いた瞬間、追い付いた後には喩え一瞬の栄光であっても
行き過ぎた自己愛が噴出し、その栄光に縋り続けることをやめないこと

過去の栄光なんて引きずるのは精神主義者だけであって、進歩主義者は問題を分析して前に進むものだが
日本人は誤ちを修正し現実に適応するために必死に戦うことを軽蔑し、現実主義者と主張するものでさえ
ひたすら競争相手が卑小なままの夢を見る

優越感にひたるだけで向上心が減退した結果、追いつかれる側になると高姿勢で泥仕合で必死にもがきながら
地に這う者を見下すだけだが、他国は着実に競争力を上げていく

オスマントルコは技術進化の速度は大したことがないにも関わらず、自己改革ができなかった
日本も過去の衰退国家の道を着実に歩んでいるように見える
0944名刺は切らしておりまして
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2018/07/06(金) 05:45:56.88ID:QGcYt0ql
>>1

一流は一流を雇うが、二流は三流を雇う。日本型劣化構造を的確に言い表している

"First-rate people hire first-rate people; second-rate people hire third-rate people."(一流は一流を雇うが、二流は三流を雇う)
Leo Rosten

そして三流は五流を雇う

'Andre Weil suggested that there is a logarithmic law at work: first-rate people attract other first-rate people, but second-rate people
tend to hire third-raters, and third-rate people hire fifth-raters. If a dean or a president is genuinely interested in building and maintaining
a high-quality university (and some of them are), then he must not grant complete self-determination to a second-rate department;
he must, instead, use his administrative powers to intervene and set things right. That's one of the proper functions of deans and
presidents, and pity the poor university in which a large proportion of both the faculty and the administration are second-raters; it is
doomed to diverge to minus infinity.
Paul Richard Halmos

Innovation has nothing to do with how many R&D dollars you have. When Apple came up with the Mac, IBM was spending at least 100 times more on R&D. It's not about money. It's about the people you have, how you're led, and how much you get it.
Steve Jobs

一名の有能は、50名の平均的な凡人、もしくはどれだけ凡人を集めても代えがたい

I found that there were these incredibly great people at doing certain things, and that you couldn't replace one of these people with 50 average people. They could just do things that no number of average people could do.
Steve Jobs

凡人の集団をいくらかき集めても、少数の有能には叶わないし、凡人はさらに世代を重ねるごとに劣化し自身が無能であることさえ気づけ無いほどに劣化した無能の極となる
0945名刺は切らしておりまして
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2018/07/06(金) 11:52:21.12ID:xBDvcLLu
1位が驚きの結果に…「美人度が高い国ランキング」トップ10
http://znfhk.lordmarty.com/7.jpg
0946名刺は切らしておりまして
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2018/07/14(土) 20:24:56.63ID:hxKramIf
うちの会社はごますり上手しかいない
0947名刺は切らしておりまして
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2018/07/14(土) 20:29:40.17ID:gMtuG70k
>>944
>凡人の集団をいくらかき集めても、少数の有能には叶わないし

労働集約的産業の場合は
勤勉な凡人に単純作業をさせるのが一番効率的で
経営リスクを考えた場合、考える人間は少数の方が良い
日本はどちらにも属さない半端くんが跋扈して
身動きが取れなくなる
レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。

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