無意識に交わされる会話に潜む意味
「最近、会社に活気がないよね」
「社員のモチベーションが下がっている気がする」
「ミッションやビジョンが、あまり浸透していないでしょ」
「うまく情報共有がされてないと思う」
「部門間のコミュニケーションも不足してるからね」

こんなやりとりを見て、うちの会社でも聞いたことがあると感じた人は多いのではないだろうか。もしかするとあなた自身も、普段からしているかもしれない。

この会話に何か問題があるのかと怪訝に思う方も多いだろう。

実際、私が行っている企業の組織づくりや人材育成の研修等で、各自が思う組織の課題を聞くと、こうした言葉が必ず出てくる。しかもそれは、一般社員だけでなく、経営幹部やリーダーであっても同じ結果となる。会社の役職や立場に関係なく、多くの人が交わしている会話なのだ。

実はこれらの会話には、その組織や人材に関するクリティカルな課題が内在している。何だと思われるだろうか?

それは、冒頭のような会話をする人たちには、ある種の共通点がある。

彼らの会話には、「主語」が“ない”、もしくは「主語」が“会社”になっているのである。

聞いてしまえば当たり前のようでも、普段自分の会話で、何を主語に話しているのか、意識していない人は意外と多い。研修や会議で、私が「皆さんの言葉には主語がない(もしくは会社が主語)ですよね」と指摘すると、全員が「あっ!」という表情に変わる。

「主語をつけずに会話する」のも「主語を会社にして会話する」のも、「明確な誰か、もしくは自分自身を主語にしない」という意味では同じである。どちらも、彼らは無意識に主語を明確にするのを避けているのだ。

主語の有無は「当事者意識」と関係がある
この主語の有無には、とても興味深い意味が隠されている。下の図1を見ていただきたい。

これはあくまで私の仮説を図にしたものであるが、主語と当事者意識の相関関係を示したものである。主語のある会話をするAさんと、主語のない会話をするBさんには、大きな違いがあると、ひと目でおわかりいただけるだろう。

私は当事者意識が低い人ほど主語のない会話をする傾向があると思っている。ガリバー(現IDOM)の創業時から数千人の人材育成をし、現在も数多くの企業の組織戦略や人材育成に関わっている経験から、私はこの仮説が間違っていないと確信している。

ではなぜ、彼らは主語を明確にしないのか?

それは、自分をその課題の外に置いて話しているからなのだ。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55664