ロボットの見た目を人間に似せていくと、親近感は高まる。しかし、あまりに人間に似すぎると、ある時点でその親近感が突如として嫌悪感に変わり、まるで死体でも目にしたかのような反応を呼び起こす。

生身の人間とは微妙に異なるアンドロイドの外観や動きに対して、人が急に違和感を覚えるこの現象は、「不気味の谷」と呼ばれる。1970年代に打ち出された概念だ。

 アンドロイドの動きを見た時にこのような反応が起きる仕組みは、これまで詳しい調査はされてこなかった。人間が想定する自然な動きと、微妙にぎこちない実際のアンドロイドの動きとの不一致が原因とされていた。

 このたび、大阪大学の研究者らのグループが、ロボットのぎこちない動きを検知する脳の領域を突き止めた。研究グループは、人がアンドロイドの動きを見た時と、そのアンドロイドのモデルになった人間の動きを見た時とで、脳活動がどのように異なるかを、MRIを使って調べ、関係する部位を割り出した。この研究結果は、嫌悪感を覚えさせないロボットの開発に役立つのみならず、パーキンソン病の研究にも貢献する。

脳の視床下核が反応

 この研究には、大阪大学と国際電気通信基礎技術研究所が開発したアンドロイド「Geminoid F」が使われた。研究グループは、Geminoid Fが36種類の表情を見せる様子と、このアンドロイドのモデルになった人が同じ36種類の表情を見せる様子を録画し、それぞれの動画を被検者に見せた時の脳活動をMRIで調べた。

 この研究の論文は、英科学誌「Scientific Reports」に2017年12月に掲載された。筆頭著者は池田尊司氏。論文によると、「このアンドロイドの外観と動作は人間に非常によく似てはいるものの、関節系とアクチュエーターの制約により、動きが微妙にぎこちなく不自然だ」とのことだ。

 MRIで調べた被検者の脳活動は、「アンドロイドを見た時の方が、モデルの人間を見た時に比べて、右視床下核の活動が強かった」という。

 視床下核は、運動制御に重要な役割を果たしており、人間のスムーズな動きを担っている。また、動作誤りの観察や評価も担う。

 論文では、視床下核が視覚的フィードバックを通じて動きの自然さを観察していると説明。「したがって、アンドロイドが不自然な動きをした時に、スムーズな動きに関する内部モデルと視覚的入力との不一致からエラー信号が生じ、その結果として、視床下核が不自然さを検知している可能性がある」と述べている。

パーキンソン病では、視床下核に影響が生じて、動きがこわばるなどの症状が出ることがある。

 「この研究は、アンドロイドの動きとパーキンソン病患者の動きとの共通性を立証している」と論文は述べ、「アンドロイドの動きは、軽度のパーキンソン病患者の動きと類似する形で固縮性と無動性があった」としている。

 研究グループによると、今回の研究結果は、パーキンソン病の病態解明にも役立つ可能性がある。

アンドロイドの実地利用に向けて

 人間に似た姿を持つアンドロイドは、医療やヘルスケアの分野で既に利用されている。例えば、自閉症スペクトラム障害を持つ人に向けた就職指導で、面接の練習にアンドロイドを利用する研究が行われている。

 こうしてアンドロイドを実地で活用するうえでは、利用者に嫌悪感を覚えさせないことが重要となる。

 「しかしながら、重要な問題の1つは、不気味さを感じさせている運動的特徴と視覚的特徴の見極めである。非常に複雑な構造を持つアンドロイドを、試行錯誤を通じて改良することには、著しい困難が伴う」と論文は述べている。

 そして、「不気味さの神経メカニズムに関する今回の研究結果は、人間が親しみやすい人工の社会的エージェントを効率的かつ実用的に開発するうえで道標となるはずだ」としている。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/idg/14/481709/011800395/