【学歴】灘とひと味違う甲陽学院 在野精神で起業家続々
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関西屈指の中高一貫の私立男子校、甲陽学院中学・高校(兵庫県西宮市)。しかし、同じ通学圏に日本最強の進学校といわれる灘中学・高校が存在するため、「灘にあと一歩の子が行く学校」といわれることも。だが、日本を代表する優れた起業家が次々誕生。古くはアスキーを創業、米マイクロソフトの幹部も務めた西和彦氏、最近ではマネーフォワードの辻庸介氏やアストロスケールの岡田光信氏などを輩出し、あまたの進学校の中でも異彩を放っている。西宮にある甲陽学院高校を訪ねた。
西宮の市街地を通り抜け、きつい上り坂を車で進むと、道の奥まったところから甲陽学院高校が姿を現した。マネーフォワードの辻氏が「毎日が登山。夏はみな登校するだけで汗だくになり、上半身裸で授業を受けることもあった」と振り返るほどだ。
甲陽学院は中高一貫校には珍しく中学と高校が別の場所にある。中学は西宮の海岸に近い住宅街のど真ん中。山の手にある高校とは5キロほど離れているが、周辺は夙川や芦屋など関西随一の高級住宅街だ。
同校のOBでもある今西昭校長の案内で校内を歩いていると、授業終了の鐘が鳴り、私服姿の生徒がおしゃべりをしながら、ぞろぞろと廊下に出てきた。校長を目の前にしてもかしこまるそぶりも見せず、中には教科書を頭の上に載せた格好で歩くなど、おどけた様子で脇を通り過ぎて行く生徒もいる。
今西校長は、「良くも悪くもおっとりして和気あいあいとした気質は、昔から変わっていません。俺が俺がというタイプは少なく、そこがよいところでもありますが、逆に物足りないとご指摘を受けることもあります」と笑顔で話す。
そんな和気あいあいとした甲陽学院生らしさをいかんなく発揮するのが、名物の卒業式だ。毎年、簡素で粛々とした公式の卒業式が終わりに近づくころ、何人かの卒業生が大きな掛け声と共にお約束の「乱入」。そこから、卒業生が企画運営する卒業式第2部が始まる。物まね、コント、コスプレなど軽いノリ。時間は公式の卒業式より長い。
「(東京大学や京都大学など国公立の)大学の2次試験の前ですが、仲間との最後の思い出作りの一環として、この日のために一生懸命準備するようです」(今西校長)。最近は京大の「コスプレ卒業式」が話題だが、甲陽学院の卒業式が源流との説もあるという。
質は環境のせいもあるようだ。六甲の山並みを背にした標高170メートルの高台にあるキャンパスは、広々とし、緑にあふれている。校舎3階の教室から窓の外を見ると、阪神間の市街地や港が一望できる大パノラマが広がる。まるで観光地の展望台だ。
しかし、周りから心配されるほどおっとりとした校風の中から、経営にスピードが要求されるベンチャー起業家が次々と生まれるのは、なぜだろうか。
今西校長に聞くと、「ベンチャー起業家は目立つから多いように見えるだけ。全体では、やはり安定した大企業に就職する人が圧倒的に多い」と肩透かしの返事。ただ、「でも政治家や中央官僚になる卒業生は少ないから、確かに在野精神はあるかもしれません」と言葉を継いだ。実際、創立以来、トヨタの販売網の基礎を築いたトヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)元社長の加藤誠之氏や、日本石油(現JXTGホールディングス)の中興の祖と呼ばれた建内保興氏、サントリーホールディングスの佐治信忠会長など、優れた人材を数多く経済界に輩出してきた。
在野精神の源流をたどると、甲陽学院建学の歴史に行き着く。甲陽学院は、高等女学校の校長をしていた関西教育界の第一人者、伊賀駒吉郎が、「官立学校は型にはまった教育しかできない。もっと自由な学校を作りたい」と、1917年に設立した私立甲陽中学が前身だ。
その後、第一次世界大戦後の不況で経営が悪化し、地元の篤志家で「白鹿」ブランドで知られる辰馬本家酒造の辰馬吉左衛門が、私財を投じて経営を継承した。このあたりの歴史が、神戸市東灘区の大手酒造会社がお金を出し合って27年に設立した灘校と、何かと比較される理由だ。甲陽も灘校も酒造メーカーが生んだ学校だ。辰馬家が経営を握った後も、自由な校風や在野精神は綿々と受け継がれてきた。
以下ソース
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO23405950T11C17A1000000 >>521
正解
180度は、Π(パイ)ラジアン。ラジアンとは、単振円を描いた際の、円周の長さ。 甲陽学院64回生(ホモ風呂内伸晃の学年)において、高校2年生の秋に、風呂内の物品
(消しゴム、鉛筆など)が盗まれる事件が発生した。真犯人は、同級生の平谷博茂(生田神社の神主の息子)だった。
平谷は,「(全くの無実の)他の生徒が盗んでいるのを見た。」とデマを広めた。
その無実の生徒の人生は、甲陽高校卒業後も滅茶苦茶になった。
言いたい事は、甲陽学院には犯罪者ホモの風呂内伸晃、冤罪を擦り付ける平谷博茂の
ような犯罪者も在籍していたという事実だ。 もはや「甲陽学院コンプレックス」という病気やな。>>523
上で文系の根源的分野云々なる話が出てるが、まさに「カラタニコウジン」がそれや。評論、数学基礎論から史学まで。
>>1
今の94代警視総監が灘で、88代警視総監が甲陽。 怖がるあまり、自分では件の医師の名前を書けない、安価もつけられないんか
そこまでのトラウマ、PTSDかいな 地に堕ちていく務めに人間の真の美しさがあるとは思わないか?
0410回生諸兄、0640回生諸兄よ、 煽ってみたら、本当に深江医師にヘイトが集まりそうになったから、及び腰になったのか。
ただ、いじめが起きた学年は、永遠に野晒しにされるという、いい先例ができた。(64回)
甲陽は、その伝統がいじめを許さない、ということ。 兵庫の酒造り系私立
甲陽学院(白鹿、1920)
灘(白鶴、菊正宗などの連合、1927)
雲雀丘学園(サントリー、1950) >>525
>>527
煽るな。
先輩に敬意を。
時の尊厳というものが、厳然と存在する。
64期の先人に、敬意を。 >>433
「奇貨居くべし」
(呂不韋、拼音: Lǚ Bùwéi、? - 紀元前235年)
>>401
「不思議」を「奇貨」とみなして勝機を待つのがビジネスや。 ソース記事に、「甲陽学院の血」という言葉がある。
このような言葉が成立するほどの学校ということ。 「奇貨おくべし」
この古典商法の原理が広まれば、現代社会の不毛ないじめ問題も解決を見るだろうか。 甲陽学院高校時代に
万引き、定期券偽造、金銭の恐喝、 >>534 535
(問題)
今の高校では、どの程度の処分に
なりますか? >>530
僕が1から64回という可能性もあるんやで。
ただ、確かに、失礼しました。
中高時代の経験は人生を左右するよな。それが些細なことでも。
小学or大学以降は、長期欠席、トラブルなどがあっても、大して影響ない。 大昔は中1入ってすぐに幾何の授業があって驚いた
しかし今考えるとあの授業のおかげで論理的にモノを考えることができるようになったと感謝している
電車から全ての権力を打破しようの張り紙が見えた甲子園の校舎は、本当にいい学校やった メタ知見に移せば、戦争も、恐慌も、震災も、北野中、神戸一中(官立)との因縁も、灘東大寺洛南の進学校としての躍進も、そして、「64回の乱」も、全てが甲陽の百年の計の台本通り。
甲陽の百年のものがたり、だ。
時が成したことだ。
義憤に許せないことが多々あっても、上手にメタ化して、溜飲を下げてほしい。 >>507
新野親矩は、「井伊家千年の恩人」。
あなたは、「甲陽学院百年の恩人」。 >>542
>>507 の加害者生徒とは、>>410 の
ことだろ。 86回の寺口潤さん(1987年1月22日生まれ、現在京都府立医科大学学生)が、東京大学で縁した八田亜矢子さんと結婚したことで、今でも話題になることがある。
26歳で医学部受験。
○2005東大ミスコン出場者で、モデル活動も。
http://all-todai.com/2005pro/mr.html
○2013年12月24日に結婚。
1: 二代目 とりあたまφ ★ 2013/12/25(水) 08:43:35.42 ID:???0
八田亜矢子 東大同級生と結婚!生活費は八田払い
タレントの八田亜矢子(29)が24日、結婚した。お相手は東大時代の同級生で、現在は京都にある公立大の医学部1年生の男性(26)。
約4年の交際を経てクリスマスイブに都内の区役所に婚姻届を提出した。男性が学生のため、収入がなく、八田が家計を支える“大黒柱婚”となる。
八田は「彼が大学に合格した今春、“一緒に京都に来てほしい”と言われ、結婚するならこの人と思っていたので、決めました」と幸せいっぱいの笑顔。
男性の入学前に婚約して4月から京都で一緒に生活しており、“社会人”の八田が家賃や生活費のほか、男性の学費も支払っているという。
2人は東大医学部健康科学科の同級生。東大生タレントとして活躍していた八田は3年生への進級で2度留年し、本来2年下の男性とは2年生の時に同じ学年に。
その後、ともに東大大学院に進学し、八田は今春に卒業してタレント業一本に、男性は外科医を目指して新たに大学に入学した。
相手の男性について八田は「外見はとても若くて、一緒にいると“弟さん?”と聞かれることもありますが、中身はとてもしっかりしています」と話している。 微笑ましいエピソードも
○八田亜矢子 銀行で大学生の母親と間違われる悲劇…まだ33歳…一生口座作らない
2018年2月20日 19時19分 デイリースポーツ
東大出身の“インテリタレント”八田亜矢子(33)が20日、ブログを更新し、夫の学校関係の振り込みのために1人で銀行に行ったところ、
行員から「お母様ですねー」と言われたことにショックを受けたと明かした。八田はこの銀行では「一生口座を作らない」と決意したことも明かした。
http://news.livedoor.com/article/detail/14328855/
○八田亜矢子、夫の大好物“無限ピーマン”の作り方を紹介
その日は、家にあるもので晩ごはんを作ったという八田。「豚こまがあったので玉ねぎと炒めて…」「高野豆腐と冷凍しておいた海老を煮物にして」といった
メニューを「ザ・手抜き飯!!」を評した八田だが、夫がとりわけ喜んだのは、ピーマンを使った料理だったそうだ。
簡単手軽で、なおかつサイフにも優しいIGPだが、八田は、「ピーマンを買うたびに『IGP?IGP作るの??』と期待されるのでここ1年以上、ピーマンの肉詰めとか
他のピーマン料理は作ってないほど」とつづっており、その味は保証済み。
https://abematimes.com/posts/2633358 神戸女学院て有名なん?
俺が中学受験してた時代は阪神間の女子トップだったけど
校風は良妻賢母だった。いまだにそうなんかぁ
甲陽はまさに阪神間2位。ただ灘がダントツなイメージだった
ただ、校風自由なイメージはなかった。灘は自由だけど >>1「一味違う」
>>137
>>528
1917年、1918年、1919年の三年間に、甲陽学院の独創の「一味」があるのだろう。 >>546
後ろにキリスト教の教会がついていて、140年以上の伝統があるから、
ヨコ方向はともかく、タテ方向にはよく知られてるだろうね。
自分のころは、数字では灘が一番でも、魅力や精神では甲陽が一番という層も厚かった記憶がある。 もしやすると、その本田健さんとは、神戸出身の作家、本田健さんだろうか。 銘酒の醸成、甲陽酒の醸造という次元で見れば、官立中学(戦前)、灘中(1970年頃から平成の終わりまで)の存在が、絶妙に、「蓋」の役割をしたのかもしれない。
いい意味での、二番手意識が、銘酒のような精神に繋がったか。
甲陽人そのものが、「酒」のようなもの。
「周瑜と酒を飲んでいると芳醇な美酒を飲んでいるようで酔った事に気が付かない。」と三国志にあるが、人こそが酒だ。 >>553
ラジアンというあだ名だった本田健は、尼崎市出身だよ。
64回生で某いじめっ子から頻繁に、金銭、食券を恐喝されていたね。
某いじめっ子の連続回し蹴りで、口から血を吹き出した事件も有ったな。
その事件の時だけは、教務主任が某いじめっ子に対して、
「今度やったら、学校を辞めさせるからな。」と叱責していた。 >>555
ラジアン 本田健は、
北海道大学・農学部に進学→→カルビーに就職→→
その後、同窓会などには一切、顔見せしていないので、消息不明になっている。
その神戸出身の本田健とは恐らく、同姓同名だろ。 KKDRの一角だったけど同級生にここの出身がいた
なぜうちの大学にしか入れなかったのか不思議なくらい勉強できる奴だったな
恥ずかしくて同窓会いけないといってたなあ >>557
○ホモ 風呂内伸晃
○今、噂になっている〜〜医師
この2人は関西医科大学出身だが、
KKDRと違って、堂々と
甲陽学院同窓会に行けますか? >>557
大学入試は、技巧、技術、知識の世界。つまり、職人的に問題を処理できるかどうか。(それゆえに、受験産業が大いに流行り、経済の流れが起きる。)
大学入試は、いわゆる、「頭の良さ」、「智恵」とは似て非なる世界。(受験産業の隆盛がその証。)
これに対して、2021年から、大学入試を「職人の領域」ではなく、「賢人の領域」にしようと目論むのが、新入試。 中学入試(11歳、12歳)は、「努力」や「才能」が及ばない、もっと深い次元で決定すると思う。
11歳で勉強するか否か、軌道に乗るかなど、神のみぞ知ること。親が支配できるわけがない。 大学受験は、良くも悪くも、「浅い」。
その結果で、同窓会に行けないというのは寂しい。
>>557
>>1に名前がある、西和彦さん、佐治信忠さん、加藤誠実さんは、早、慶、関学卒。同窓会は歓迎では…。 (訂正)加藤誠之さんです。
加藤さんの名言
「トヨタの給料は、GM時代の半分だった。朝は7時に出社して、夜は星を抱くまで働く。しかも休みは月に二日だけである。それでも酷使されているとは思わなかった。」 >>554
地理的に、垂直方向の変化があり、両キャンパスが川で結ばれている…。
阪神間の地形が、よく活かされている。 もはや甲陽学院にしか希望がない。
行き詰まった日本社会を、在野精神、起業魂で、底から蘇生させてほしい。
甲陽人全員が希望だ。 >>547
純粋に私学だった三年間か
第一次大戦、ロシア革命、ドイツ帝国の敗北、国際連盟、… >>564
そのためには、64回生問題を解決せねばならない。 総務省統計局.住民基本台帳人口移動報告 平成29年(2017年)都道府県別・転入超過数
http://www.stat.go.jp/data/idou/2017np/kihon/youyaku/index.htm
大阪府 +2,961 人
滋賀県 -715 人
京都府 -1,662 人
奈良県 -3,467 人
和歌山 -3,488 人
兵庫県 -6,657 人 2018年1月1日 神戸市 前年比 -3470(8年連続の年間6000人以上の人口減)
転出超過 全国自治体別でも神戸5位、加古川9位
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201801/0010940996.shtml
2017年の都道府県別人口移動報告で、転出者が転入者を上回る「転出超過」の人数が全国ワースト2位となった兵庫県。
転出超過は6年連続で、14年=ワースト3位▽15年=同2位▽16年=同3位−と低迷が続く。
20代前半の若者が就職で東京に出るケースが多いため、県は昨年から「兵庫で働こうプロジェクト」を展開。
県内の全ての四年制大学と協定を結び、地元企業の採用情報を提供するなど兵庫での就職を後押しするが、特効薬はない状況だ。
ただ今回、順位は悪化したが、「転出超過の幅は縮んだ」と県の担当者。
転出超過数は12年から4年連続で増えていたが、15年=7409人▽16年=6760人▽17年=6657人−と、
わずかながら2年連続で減少した。
県が要望していた、東京23区内の大学の定員を抑制する政府方針も決まり、その効果にも期待を寄せる。 >>532>>560
肉体の出生は、ゼロ歳、
精神の出生は、十代、か
中学受験は精神の萌芽の起点になるやろな
>>539
62回生が高校に上がる頃に山に移転やった。 >>566
風呂内伸晃、浜瀬聡などが64回生問題の目玉だね。 >>569
浜瀬は金銭に汚かったな。
高校の級友に、約30万円相当の食事、物品を奢らせやがった。
高校時代の30万円とは想像が付くか????????????????????????????????????? >>569
風呂内の方が金銭には、もっと汚かった。高校時代、級友だけでは無くて、
ホモのパナソニックの重役連中から、活伊勢エビ料理の中納言、スエヒロのステーキなどを
奢ってもらい、風呂内自身も発展 売春によって、多数のホモおっさんから、
金銭を貰っていた。約500万円を高校の1年間で稼いだはずだ。 >>569
風呂内伸晃、浜瀬聡は甲陽高校時代、万引きの常習犯でもあった。
風呂内→主に衣服類を約20万円以上、万引き
浜瀬→カセットテープなど、音楽関係を約10万円以上、万引き
特に、浜瀬は高校時代に自転車を5台ぐらい、窃盗して、苦楽園口駅⇔越木岩神社への
通学に他の級友たちと一緒に使用していた。
自転車を窃盗したのは全て、浜瀬だった。
今では監視カメラが有るから、間違いなく浜瀬は逮捕→甲陽高校を退学処分であろう。 >>514
今の甲陽学院のありよう、まさに、その宗論が真実であることの証になっていると思われる。 >>483
高校の「音楽と展覧の会」は、秋の彼岸、秋分に開かれる。まさに「追悼」。「祭り」ならば、このような霊的要素も現成してしかるべし。
中学高校は、緊張感が張りつめつつも、最大の安心が得られる場でなければならない。(小学校は家庭の延長、大学以降は社会。中高こそが自立、自律への過渡期となる、真の学校。)
上述されているような、暴力、売春、恐喝は絶対にあってはならない。
灘や甲陽、開成、筑駒のような学校が旗手となり、いじめ問題を根絶してほしい。社会からの要請です。 >>573
南無妙法蓮華経という最下方の極理、それに連なる諸原理で生きる。戦場のような極限の環境でこそ真価を発する法論だ。ゆえに、武家を中心に支持されたのだろうか。明治青年の息吹、ここにあり、ですね。
>>510
原理で生きる力強さは、周囲にも力を与えていく。 『七人の侍』(1954年)は、日本のゼロ・ポイントを乗り越えた、日本人の「大和魂」が凝縮されている。まさに「原理で生きる生命の輝き」がある。この時代には、戦後の溌剌さが躍動していた。
64回生が中高生の頃(1980年頃)か、日本社会の淀みが閾値を超えたのは。日本の精神が腐敗に腐敗したのは。 >>562
この加藤氏の言葉にも、実存に深く根差した何かがある。
Koyo4thのバイタリティ。 >>571
真剣な話しで、風呂内伸晃は、ヤクザに殺されて海に沈められた可能性も大きいよ。 >>562
「夜は星を抱くまで働く」
詩人やな
原動力はポエジーか >>572
今の甲陽高校には、64回生の風呂内伸晃、浜瀬聡のように、
万引き(それも、何十万円相当の物品を万引き)する生徒は存在するのか?
そのような窃盗をするのは、甲陽でも稀な存在なのか? 甲陽学院64回生(ホモ風呂内伸晃の学年)において、高校2年生の秋に、風呂内の物品
(消しゴム、鉛筆など)が盗まれる事件が発生した。真犯人は、同級生の平谷博茂(生田神社の神主の息子)だった。
平谷は,「(全くの無実の)他の生徒が盗んでいるのを見た。」とデマを広めた。
その無実の生徒の人生は、甲陽高校卒業後も滅茶苦茶になった。
言いたい事は、甲陽学院には犯罪者ホモの風呂内伸晃、冤罪を擦り付ける平谷博茂の
ような犯罪者も在籍していたという事実だ。 風呂内の方が金銭には、もっと汚かった。高校時代、級友だけでは無くて、
ホモのパナソニックの重役連中から、活伊勢エビ料理の中納言、高級和食の吉兆、スエヒロのステーキなどを
奢ってもらい、風呂内自身も発展 ホモ売春によって、多数のパナソニックのホモおっさんから、
金銭を貰っていた。約500万円を高校の1年間で稼いだはずだ。 63回生の故・田中和久氏の追悼式が行われるそうです。
詳細は後日、連絡させて頂きます。 >>559>>560
>技巧、経済の流れ
類比すれば、理三京医受験のための塾と早慶受験のための塾。経済効果が大きいのは、明らかに後者だろう。前者は技巧ではどうにもならないから、儲けにはならない。
自分も、中学入試は、「既に定められた何か」が働いている気がしていたが、論理性に欠くので公言したことはなかった。だが、存外に多くの人がこのことを直感していたようだ。「生まれ変わり」。 ○銀河鉄道999と甲陽学院
妙法蓮華経、松本零士氏(今年1月に御歳80に)とアストロスケール岡田光信氏、宇宙産業、2017中学音展、 >>585
鉄緑(あるいはZ会)と代ゼミか。一時は絢爛たる隆盛を誇った代ゼミも、結局は、事業を大幅に縮小した。大学学部入試も、代ゼミと同じ軌道を歩むかもしれない。
純粋無垢な少年期に、努力に努力し、持てる才を活かしに活かした先の領域。この領域の比重が大きいのが中学受験だろうか。 >>556
甲陽学院→北海道大学農学部→カルビー
食を大切にする、甲陽生らしさを思わせるご経歴。北の大地の雄大な自然が心に浮かぶ。優しすぎるくらい優しいお人だったのでは。 >>588
ラジアン(本名 本田健)は優しくなかったね。自分よりも弱い奴(ラジアン以下の奴など居なかったけど)を
探しまくっていたね。直ぐに、いい気になろうとする嫌な奴だった。ラジアンは滅茶苦茶、嫌われていたよ。
だって、いじめっ子の生徒から連続回し蹴りで、ラジアンが口から大量の血を吹いた等、
前代未聞だったからな。 甲陽学院→京都大学→甲陽学院教師
甲陽の王道の一つ。
甲陽生、甲陽人は、甲陽学院の原理で、確かにこの世を生きていく。 >>588
>>589
人生の長い時間で見れば、経歴、行動にその人の心の底が現れるものではないか。
>>587までの話の流れ、つまり、比較対照、アナロジーが以下のようになっているのか、
中学入試-大学入試
新大学入試-現行大学入試
理三京医受験-早慶受験
鉄緑z会-代ゼミ
経済への直接性の小大
(こうすれば、クリアカットになるか。)
このままいけば、いずれ、真実-嘘、とこしえ-うたかた、という対立構造まで煮詰まり、開悟の一転に至るだろう。
現代では悟り澄ましてるだけではどうにもならない。なぜ新谷氏が有機合成を専攻にされたのか、何となく分かる気がするよ。「物のあはれ」、宣長、徹した即物性、…。 甲陽精神の血脈
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、
11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、
21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、
31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、
41、42、43、44、45、46、47、48、49、50、
51、52、53、54、55、56、57、58、59、60、
61、62、63、64(特異点)、65、66、67、68、69、70、
71、72、73、74、75、76、77、78、79、80、
81、82、83、84、85、86、87、88、89、90、
91、92、93、94、95、96、97、98、99、100、
101、102、103、104、新105(ようこそ) >>591
妙法蓮華経
大正六年、1917年
桜梅桃李一時春
甲陽十二訓
酒造り
明朗溌剌無邪気
さやけさ
… >>579
甲陽百年精神、甲陽法華百年。
一時之春。気品高く教養豊かな有為の人材。
真実の詩人だ。 >>593
特異点・・・
甲陽史は「幾何学的な何か」か 位相幾何学と史学
あるいは物理的に、重量場が無限大に発散しているのが64回生か
史学、私学、詩学、歯学、視学、死学、そして志学 >>222
ポレポレ、
原理で生きること、自然との共生への希求があった。
>>375
>○甲陽学院90周年記念 甲陽学院「明朗・溌剌・無邪気」前半
>https://www.youtube.com/watch?v=sOxL4yF5ckc
>>569
風呂内さんや濱瀬さんにも↑のような時期があった。
どこで道を違えたか。
>>579
普遍化=永遠への昇華=詠むという営み 医学部進学志望者が三人に一人くらいになってから甲陽学院は「パブリックスクール的なるもの」を獲得した。
つまり、「民衆奉仕」の気風をしかと形にした。
十代で医を目指す、それだけでも無上の菩提心であるといえまいか。 >>598
64回生 ホモ 風呂内伸晃のように、
両親が医師だから、仕方なく10代で
医師を目指すことに関しては、
皆様、どのように思われますか? >>587
「その昔、一流の書家は良質の墨色を得るために、あえて12歳くらいの子どもに墨をすらせたという。純粋にして無垢な心の持ち主がすってこそ、最高の墨色が出ると考えられていた」(2017.10.15付け聖教新聞「名字の言」より)
甲陽の墨色は何色か。 >>599
そもそも、風呂内氏のような破天荒な人が親の属性に追従して進路を選ぶだろうか。
何だかんだで、氏は積極的に医師を望まれていたのではないだろうか。 青春の頃の選択こそ真実に能動的な選択かもしれないよ。表向きは、親の職業や経済を理由にしていたとしても。 >>433
甲陽や灘のような学校が腐敗すると、社会にも少なからず影響が出る。
無視はできないのだろう。 本日は、国立大の合否発表。
>>598
イギリスのパブリックスクールは、軍人将校になる者が一定割合を占める。一方、日本の甲陽や灘、東大寺は、一定数が医学部に進学。公に奉仕するという意味では、後者のほうが、より「パブリックスクール的」といえるかも。 「百年の計」成れり。
これをもって、甲陽人は、甲陽史という織物に自身を織り成して歩んでいける。より深みと奥行きのある生き方ができる。人の心の機微にもより配慮できるようになるだろう。
西暦の生年下二桁と、回数下二桁の一致は、絶妙。64回ならば、1964年4月から1965年3月までの生まれとなる。 >>605
>在野精神 = 盗作
初心や信念を失い、野盗の原理に堕落すれば、容易にそうなりうる。
真の在野精神は、誇り高い者にしか持つことはできない。 いいんじゃないかな。どんどん起業しなさい
起業家が多い国は周囲がどういう事業で起業するのか聞きまくるらしいね
それがプレッシャーというかやる気になって起業するらしい >>607
厳密な盗作をしていない人間がどこに居るのか
お前さんの言葉すら誰かの受け売りだろう >>609
「模倣の先に独創あり。」
これも、誰かから聞いた言葉。 >>605>>609>>610
一体何が、その人間の、その生命の、独立性、独自性、そのもの性なのか。
模倣か独創かの一点とは如何。
スコラ哲学、イスラーム哲学、諸東洋哲学の変遷の先に、答えはあったのか。
「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(日蓮御義口伝)
「一時春」(伊賀駒吉郎)
一法は、日常非日常の行動規範、時間論、経済論、あらゆる思想の水底に流れていく。
このような宗教や信仰、直観の世界もいずれは論理をもって余すところなく緻密に解き明かせるのか、
あるいは、世界は神秘を産み出し続けているがゆえに宗教はやはり宗教のままであり続けるのか。
結局、模倣か独創かの問題は、この次元にまで根差していることだろうね。
もし>>1にある通りなら、甲陽学院という全体は、この問題について解を得ているのだろう。
(「数学と宗教」、「数学者と宗教者」、因縁のライバルやな) 『リベラルタイム』誌4月号で、甲陽や洛星、北野、膳所、東大寺、洛南の特集。
甲陽については、
「規律」と「自由」の一貫教育が在野精神溢れる人材を生む、
との見出し。
甲陽 as 在野精神のイメージがもう定着したのかと一瞬ハッとしたが、
同じ記者さんでした。 >>599
渡部恒雄氏(国際政治学者)は学部は東北大歯学部。歯科医師でもある。
風呂さんも医師として働いたあとにクラブハウス起業。
医学部進学してから改めて進路を選ぶのも良いのでは…。 >>361>>412>>425
冬季限定、白鹿の板粕がとても高品質でした。
ツマガリの甲陽巻もいいですよね。こちらも寒い時期にしか販売していない模様。
食を大切にする甲陽学院、素敵です。 1940年(昭和15年)3月:皇紀2600年奉祝記念事業として、専門学校令による甲陽高等商業学校を新設(後、工業専門学校に転じ、戦後廃校)。
1947年(昭和22年)4月1日:学制改革により、甲陽学院中学部を香櫨園に新設。←34回生〜
1948年(昭和23年)4月1日:旧甲陽中学校は甲陽高等学校となる。
1950年(昭和25年)1月1日:甲陽学院中学部を甲陽学院中学校、甲陽高等学校を甲陽学院高等学校に改称。
1978年(昭和53年)4月:高等学校所在地が騒音公害などで教育環境が次第に悪化したため、高等学校のみを西宮市角石町に移転
(辰馬家所有の石山と呼ばれる聖地を、法華経の祈念により開山[9])。旧所在地は現在、白鹿グループ運営のノボテル甲子園とイ
オン甲子園店(土地は現在も白鹿グループが所有)となっている。←60回生〜
2009年(平成21年):高等学校入学枠を廃止。完全中高一貫校化。←93回生〜 >>526 地に堕ちていく務めに人間の真の美しさ → 今の甲陽はまさに「地」
>>394 甲陽も一度、「どん底」を知るべきだ → 現実に 2018.3.10が「どん底」に
>>581 今の甲陽高校には、64回生の〜〜のように、 → 数字を見る限りでは今の甲陽には良くも悪くもそこまで法を破っていくエネルギーは無さそう
無機質に数字を見ていくと、
99回の卒業生数194。この数字に鑑みると、不和、分断の多い学年カラーだったのかもしれない。そのために、一点突破の渦の勢いが生まれなかったか。
東大、京大の現役合格者数は、昨年に比べて、大幅減。単純に数字を見ると、過去最低か。
編入廃止、6年一環化からの推移は、東大:12→7→?→20→20→34(昨年)→19(今年)、京大:47→38→?→47→42→35(昨年)→24(今年)。
医学部合格者数においても、阪大医 11(3)、大阪市大医 7(2)と、現役に破竹たる力強さが欠けた。()内は現役合格者数。
卒業整数194
東大27(19)
京大42(24)
阪大医 11(3)、大阪市大医 7(2)、神医10(8)名(3.11未明判明分) >>589
色心不二。
>>614
夙川の久遠の神酒に花ひらく
桜梅桃李一時之春
>>616
天台の一念開きし甲山
昭和53年、比叡山天台宗(法華経)により、現在の高校の落成式。今年はそれから40周年。甲陽のさやけき天空、四十星霜。
>>617
数字をもって、法華経の妙境妙智の色心たる甲陽学院を荘厳。 63回生(留年後に64回生)の故・田中和久君に対して、
2Aのボス格の生徒は、「俺の〜〜を舐めろ。」と言われて、〜〜を(故・田中氏の)顔の前で
見せつけたり、トイレの個室に連れ込まれて、〜〜をしている所を故・田中氏に見せつける等のイジメを受けていた。
↑信じられない話しだが、これは事実。
64回生ならば、このイジメ加害者が誰で有るかは直ぐに分かるはずだ。
こんなイジメ行為をしていたのは、〜〜しか居なかったからな。 >>620
訂正します。↓
「63回生(留年後に64回生)の故・田中和久君に対して、
2Aのボス格の生徒は、「俺の〜〜を舐めろ。」と言って、○○○を(故・田中氏の)顔の前で
見せつけたり、トイレの個室に連れ込んで、◎◎◎をしている所を故・田中氏に見せつける等のイジメを行っていた。」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています