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■低分子の時代を取り戻したい
 樽井直樹 SEEDSUPPLY代表取締役社長

――武田薬品の社内向けの起業支援制度を利用して独立した第1号の会社です。

樽井:学生の頃から、「なんか自分でやったろ」と思っていた。でも30年前はそんな時代でもなく、武田に入社し、もう57歳。普通に定年退職したら、ロンドンでコロッケ屋をやるつもりだった。じゃがいも好きな英国人なら、絶対繁盛する。
去年の夏、武田から企業を支援する制度の話があった。湘南研究所をこのまま使用でき、起業支援も受けられる。まさに渡りに船。55歳過ぎれば、もうリスクなんてない。挑戦するだけ。声を上げたら、6人が集まった。
去年の9月に起業の募集が始まり、最初の大安の日に提出した。一番乗りだった。

――どんな会社ですか。

樽井:ハイスループットスクリーニング(HTS)を受託する。特徴的なのは「バインダー・セレクション・テクノロジー」と呼ぶ結合試験技術だ。今は創薬研究となる標的が少ない。せっかくいい標的を見つけても、既存のHTSだとスクリーニングできないこともある。
私たちは20年以上、HTSに携わってきた。改良を加え、独自の技術を確立した。化合物ライブラリーは武田のものを使う。私たちがつくりこんだ100万化合物がある。何でも結合してしまうような化合物を排除した。
企業間でライブラリーの共有化はあっても、開放したのは武田が初めてだ。武田がおいしいところを持っていくと思う人もいるだろうが、ヒットした化合物は顧客のものになる。

――最近の武田は新薬が出ていないという評価もありますが。

樽井:武田から独立した私たちを売り込みに行けば、絶対そう突っ込まれると思った。しかし、実際に会って私たちの考えや技術を話せば、ちゃんと評価してもらえると感じた。
今年の4月頃までに、これまでのつてを頼って日本のすべての製薬企業を訪ねた。すでに数社の契約を取り、ほかにも検討中の会社もある。

――当面の活動は。

樽井:まずは顧客に利用してもらうことだ。日本だけでなく、海外の顧客も取り込む。リピーターの獲得が要になる。売上高は5年後に10億円をめざしている。儲かった分は、自社創薬の研究費にまわす。自ら研究費を稼ぐ。

――自給自足の創薬研究ですか。

樽井:HTSというのは固定費が決まっている。売上げがあがればあがるほど、儲けになる。武田とは10年以内のIPO(新規上場)を目標と話した。ただ、ある程度は自分達の持分を持つつもり。成金になりたいわけではない。自分たちのやりたい創薬をやる。
すでに種は蒔き始めている。HTSをやってきたが、私たちの源流は微生物屋で、発酵の研究をしてきた。微生物への思い入れがある。耐性菌も世界中で問題だ。だから最初は感染症の薬を出したい。

――低分子に拘りますか。

樽井:薬はやっぱり低分子だ。でないと世界中に安く提供できない。標的がタンパク質であっても、低分子で効くものを探していく。
「低分子は終わりや」と悲観する人もいる。でも、ゼロにはならない。物事には何だって波がある。もう一度、低分子の時代を取り戻したい。批判的な意見にも怯まない。低分子を復活させるのが私たちの使命だと思っている。

(長谷川、医薬経済2017年11月15日号)