コロナ禍でのオリンピックが始まった。多くの困難の中で開催にこぎ着けた東京五輪・パラリンピックは、間違いなく世界から日本が注目されるイベントであり、将来、歴史を振り返る時に必ず思い出される重要な大会だったと記憶されるだろう。そんな歴史的な瞬間の日本の立ち位置に関して、為替相場の面からみた現実について指摘しておきたい。

<今年に入って円独歩安>

今年に入ってからの為替市場では、円が先進国通貨の中で独歩安となっている。現状の円実質実効レートの水準は2015年6月に記録した1970年代前半以来の最安値まであと4%程度の水準まで下落している。

現在の水準は過去20年間の平均からは20%、過去30年間の平均からは30%も割安となっており、1973年2月の変動相場制移行直前と同レベルの円安水準となっている。

しかし、長期的に見ると、円の弱さは今年に始まったことではない。アベノミクス開始後に大幅な円安となって以降、円の実質実効レートはおおむね1970年代前半と同レベルの水準で推移し続けている。

<円の購買力、70年代に逆戻り>

円の実質実効レートが1970年代前半と同水準での推移を続けているということは、単純に言えば円の購買力が1970年代前半と同水準となっているということだ。例えば、80年代後半から90年代までは、海外から来日した外国人は一様に日本の物価の高さに文句を言っていた。一方、日本人が海外旅行に行くと、日本に比べると割安なブランド物を免税店で購入して帰ってくるのが定番だった。

それがアベノミクス以降に大幅な円安となってからは、来日した外国人は「日本は安い」と口をそろえて言うようになった。実際、コロナ前までは銀座で買い物を楽しんでいる海外からの旅行客が目立った。一方、日本人にとっては海外旅行先で様々な物が割高に見え、免税店では「日本で買った方が安い」とつぶやくことが多くなった。

<上がらない日本人の年収>

円が割安な水準から調整されないだけでなく、日本は年収も上がらないので、ますます日本人の相対的な購買力が低下してきている。経済協力開発機構(OECD)のデータによると、2020年の日本の平均年収は440万円だが、2000年は464万円だった。20年間で小幅減少しているが、他国と比べるとかなり異常と言える。その他主要国の平均年収はおおむねこの20年間で1.5倍から2倍に増えているからだ。データがあるOECD加盟国で年収が減っているのは日本だけだ。

この結果、ドル建てでみた平均年収は2000年当時の日本はOECD加盟国の中で3番目に高い国だったが、今や順位は20位まで低下しており、韓国とほぼ同水準となっている。ちなみに20年前の日本の年収は韓国の2.7倍だった。

他国はインフレ率も高いし、日本はインフレ率が横ばいだから名目賃金が上昇していなくても仕方ないだろうと開き直りたくなるかもしれない。しかし、日本の実質平均賃金は過去20年間でみても、30年間でみてもほとんど変化していない。

一方、米国の実質平均年収は過去20年間で25%、過去30年間で48%も上昇している。その他主要国も過去20年間の実質賃金は15%─45%程度伸びており、日本とは状況が大きく異なっている。

日本人の給料は上がらない一方、海外の人の給料は上がり、現地のモノやサービスの価格は上昇する。本来それを為替レートが調整するのだが、その機能が働かなくなっている。このままの状況が続くと、日本人にとって海外のモノやサービスはさらに割高になっていくだろう。そして、割高になる海外旅行に行ける日本人が限られる一方、外国人にとっては日本は一段と割安になる。

過去1年半程度のコロナ禍でも他の主要国の物価は上昇している一方、日本の物価は若干下落している。それにもかかわらず円安になっているので、国境を超えた往来が通常に戻ったら、ますます購買力をパワーアップさせた外国人観光客が日本に押し寄せてくれることになるだろう。

それ自体は日本経済にとって良いことだが、いずれ良いモノ・サービスの価格は外国人向け価格で高く設定されるようになり、日本人には手の届かない水準になってしまうかもしれない。
https://jp.reuters.com/article/column-toru-sasaki-idJPKBN2EW02C