あまりに痛かったTOKIO山口元メンバーの余計な一言 謝罪の目的は「許しを得る」ことにあらず
5/23(水) 7:30配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180523-00000500-fsi-bus_all

ここで取り上げたいのは元TOKIOメンバー・山口達也の謝罪についてである。謝罪道において、実に重要かつ根源的な示唆をこの件は備えているのだ。

山口は涙ながらに会見をしたが、その際に余計な一言を山口は述べた。

「またTOKIOとしてやっていけたら……」

これに対しては直後から「被害者のことをまず考えろ」や「ハァ????」といった感想がネットでは多数出た。

そして5月2日、山口を除くTOKIOの4人が会見をしたが、国分太一は「そんな甘えた言葉は山口からは聞きたくなかったです」と述べ、
松岡昌宏は「彼の甘ったれたあの意見は、いったいどこから生まれるものなのだろうか」
「甘えの根源が僕らTOKIOだったとしたのなら、あくまでこれは自分の意見ですが、そんなTOKIOは1日も早くなくした方がいい」と述べた。

さて、冒頭で述べた「根源的な示唆」とは何か。それは、「謝罪をする時は『許してもらおう』という気持ちを出してはならない」ということである。

謝罪の目的は「許しを得る」ことではなく、「謝罪の気持ちを伝える」「反省の色を見せる」である。
「許しを得る」はあくまでもその謝罪の内容と態度、そしてその後の行動を見た相手(ないしは世間)が決めるものなのだ。
今回の山口の失敗は一般人にとっても参考になるものであろう。